デイヴ・ハッチンソン著『ヨーロッパ・イン・オータム』2023年05月24日 23:32

 長編。カバー裏には「「ジョン・ル・カレとクリストファー・プリーストが合作した作品」と評された、オフビートなSFスパイスリラー」とある。未来のヨーロッパを舞台にしたスパイ小説で、確かにクリストファー・プリーストを思わせる不条理幻想文学的な感じもある。
 設定が奇妙である。西安(シーアン)風邪パンデミックの影響で、EUは実質的に崩壊し、マイクロ国家が乱立している。ミュージシャンや作家のファンクラブが国家を宣言したりしていてシュール。ひときわ特徴的なのは、ヨーロッパを横断する路線を領土とする鉄道国家「ライン」。
 興味深いことに、この小説の発表は二〇一四年、つまりイギリスのEU離脱よりも前であり、新型コロナウィルスのパンデミックは影も形もない頃である。イギリスでは著者は預言者と呼ばれたりしている。まあ、SFは占いではないので、予測が当たったから偉いということはない。
 シェフであったルディは、「森林を駆ける者(クルール・デ・ボワ)」という組織に加入する。この組織は、世間からはスパイ組織のように思われているし、実際にそのような仕事もしているのだが、元々は宅配便業者だった。機密性の高い荷物や非合法な荷物などを扱っているうちに、スパイ的な組織に変容していったのだ。筋が通っているような捻じれているような由来である。
 ルディは与えられた任務をこなしていく。成功することも失敗することもあったが、どうやら組織には優秀と評価されているらしい。しかし、ルディはどこかでこの仕事にスパイごっこのような気恥しさを感じていた。つまり現実感を感じきれないでいた。
 ところが、やがてルディは死者が続出する笑えない任務に関わるようになっていく。多くの登場人物に楽しい癖があり、語り口もどことなくユーモラスなのだが、事態はどんどん深刻になっていく。ルディには進行している出来事の全体像が全く判らないまま、どういう意味があるのか判らない任務をこなし続ける。
 以下ネタバレ。
 実は、並行世界的なもう一つのヨーロッパが重なり合って存在しており、そこを経由すれば、ヨーロッパのどこにでも自在に行き来できるのである。森を駆ける者を含むスパイたちは、このもう一つのヨーロッパへの出入り口を奪い合って死闘を演じていたのである。この辺りの、シュールというか幻想的というか不条理というか、時空の歪んだイメージはなるほどプリースト的である。

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