。オクテイヴィア・E・バトラー著『キンドレッド』2023年05月19日 21:39

 長編。一九七九年発表の名作SF。一九九二年に邦訳されているが不勉強なことに初読。舞台は二つの時代を交互に行き来するタイムスリップ物。
 主人公のデイナは一九七六年を生きるアメリカの作家を目指す黒人女性。彼女は突然十九世紀前半の世界に入りこみ、白人少年ルーファスの命を救う。その後、デイナは繰り返しその時代にタイムスリップし、そのたびに少年の危機を救う。どうやら、ルーファスが命の危機に陥るたびにデイナが訪れて救うことになっているらしいのだ。その体験は、一九九六年の世界では数週間の間に起こったことだが、過去の側では、デイナが戻るたびに数年の月日がたち、ルーファスは少年から大人になっていった。
 デイナは、ルーファスの恩人であるにもかかわらず、黒人であるという理由で、一九九六年の基準で言えば激烈な虐待を受ける。デイナは人種に関して、何とかルーファスに良い影響を与えようとするが、願い空しく、ルーファスはこの時代の白人男性として成長していく。
 ルーファスとデイナの関係が面白い。ルーファスはデイナを庇護者として慕っているが、この時代の白人として黒人に敬意をもって接することができない。また、ルーファスはアリスという黒人女性を愛するが、ルーファスの傲慢で身勝手な愛はアリスを傷つける。ルーファスはデイナとアリスを愛するが故に支配しようとし、愛するほどに対象から憎まれた。ルーファスはそのことにいら立つが、この時代の男性として、黒人を一人の人間として扱うことは終にできなかった。
 こうやってあらすじを書くと、教訓的な物語のように見えるかもしれないが、一人一人の人間が現実感を持って生き生きと描かれていて引き込まれる。この時代の黒人の置かれた状態は不条理だが、不条理が現実だったのである。大岡昇平の『野火』などもそうだが、現実を不条理として描くことに成功すれば名作になる。

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