ヘレン・ビルチャー著『生命の時間図鑑 グラフで見る動植物の体内時計』2024年04月01日 22:15

 生物と時間にかんする解説書。対象年齢はよく判らないが子供向け。着想はすごく良い。しかし残念ながら、珍しい動物の生態とランキングの断片的な紹介に終始していて、内容に体系性がない。細胞、固体、種、生態系、進化のそれぞれにおける時間の持つ意味を考え、生物と時間にかんして共通性と多様性を見渡せるような内容になっていれば、名著になったであろう。惜しかった。文章はひどい。内容は難しくないのに判りにくい文章が多い。原文が悪いのか翻訳が悪いのか判らないが、おそらく両方であろう。それから第五章のヘッダーが間違っているのはあり得ない編集ミス。

筒井康隆著『カーテンコール』2024年04月02日 22:27

 掌編集。筒井康隆だから言語実験的な要素はあるのだが、それを前面に押し出したものは少なく、シュールなコントのような作品が目立つ。コントというのは貶しているのではない。筒井康隆としては例外的といってもいいほど平易で読みやすい文章の作品ばかりなのでどんどん読めてしまうが、我慢してゆっくり味わいたい。「本質」の最後の一行「「だって」と息子が言う。「あの人たち、アホでしょう」」(p.63)など、にやついてしまう。

谷口裕貴著『アナベル・アノマリー』2024年04月05日 22:22

 連作形式の長編。人為的に超能力者を作り出す技術により生み出された少女アナベル。彼女が発動した、あらゆる物質を別のものに変える「変容」の力は、彼女自身にも制御不能で、放置すれば世界を滅ぼしかねなかった。
 アナベルの超能力はシュルレアリスティックである。「天井が黒く湧きたち、タールとなって滴り落ちた。壁はさまざまな蘭となって濃厚な匂いを漂わせた。モニターは糞便の塊となり、蛍光灯は虹色の泡を吐きだしはじめた」(p.10)。
 どんな武器も彼女には通用せず、終に彼女は研究者たちの手によって撲殺された。「いたいけな一二歳の少女アナベルは、三五人の大人の研究者に撲殺された」(p.11)。
 しかし、アナベルの肉体が死んでも彼女の力は消えることなく、世界中のあちこちに現れて大規模な死と破壊を撒き散らす超能力災害を起こした。世界は一二歳の少女に呪われたのである。
 多数の超能力者を配下に置く「対アナベル組織ジェイコブズ」とアナベルの戦いを中心に物語は展開する。シュールな超能力対決も読みどころの一つだが、主筋は超能力災害アナベル・アノマリーにかかわることになった人々の心情描写にある。
 アナベルが悪でジェイコブズが正義という図式になっていないところも面白い。発端からわかるとおり、アナベルは被害者なのである。そして、彼女を撲殺した研究者たちの生き残りを中心に発足したジェイコブズは傲慢で、実に嫌な組織である。その構図は超能力アクション以上に不条理で、凄味がある。

日本SF作家クラブ編『AIとSF』2024年04月09日 22:51

 AISFアンソロジー。個人がホビーで使用するコンピュータ、パソコンの登場を予測できなかったSFだが、AI、すなわち人工知能については伝統芸である。生成AIも自動運転もAIの暴走もシンギュラリティも早くから予想していた。そういう意味では、今だからこそ、という作品は少ないが、よく練られた作品が多い印象。練られたというのは、必ずしも思弁的に深いという意味ではなく、何重にも捻りが効いている、という感じ。
 その中で、長谷敏司「準備がいつまでたっても終わらない件」は、大阪万博を扱っていてタイムリーな作品。AIの進歩が予想外に早すぎたため、準備してきた万博の展示がもはや時代遅れになりつつあり、急遽展示内容を変更するという、ドタバタ喜劇。
 イメージ的には円城塔「土人形と動死体 If You were a Golem, I must be Zombie」が一番面白い。ファンタジー的な魔法の支配する世界で、「魔法以外の方法」で世界を御しようとする男の話である。
 また小説ではないが、計算社会学者の鳥海不二夫によるAIの現状解説が面白い。人工知能は過去幾度もキタイとガッカリを繰り返してきたという。

冬木糸一著『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』2024年04月11日 23:06

 現代の問題に直結した、テクノロジー、災害、社会の行く末などを主題にした代表的なSF作品を紹介している。現代の問題とのかかわりを重視しているために、超能力やスペースオペラ、幻想文学との境界領域などの重要分野が手薄になっているが、これまでSFを読まなかった人に興味を持ってもらうことを目的にした本なので、これで正解であろう。この次の段階として、つまり興味を持ってSFを読み始めた読者のために、SFの全体像を見渡せる案内書も期待したい。俺が読みたいからである。そんな本に需要があるかどうかは知らない。
 また、主題別の案内書のほかに、年代順の「SF史」の解説書も欲しい。日本SF史に関しては日下三蔵の優れた仕事があるが、世界SF史の本格的なものは『十億年の宴』『一兆年の宴』以降、翻訳書もない。そろそろ。