上田早夕里著『リラと戦禍の風』2022年01月11日 21:18

20年 3月 8日読了。
 長編。時は第一次世界大戦中の欧州。歴史の陰で活動する魔物達の物語。ドイツ軍の兵士だった青年イェルクは、戦争に苦しむ人々を救うため魔物となることを決意する。
 登場する魔物達は基本的には吸血鬼である。人間から精気を吸い取って糧としている。そして魔物は不死である。二十世紀初頭欧州の華やかだがちょっと退廃的な文化に、吸血鬼の貴族的な雰囲気は良く似合う。主人公の一人は「伯爵」と名乗っているし。それと戦禍の悲惨さの対比が鮮烈な対照を為す。
 俺の趣味としては、魔物の活動が歴史の大きな転換点に関るダイナミズムが欲しい処。例えば、戦国時代における本能寺の変とか、日露戦争における日本海海戦のような。第一次大戦は、だらだら続いてそういうポイントは少ないが。イェルクの活動はベルリンの飢餓を救うために食料を輸送するという地味な物である。
 また、俺には登場人物達にもう一つ感情移入できなかった。イェルクのある種の「正義」を求める切実さが伝わって来ないので「人間であることを捨てて魔物に成る」という選択がどうにも軽率に思える。
 結末は単純な善悪や白黒に収束しないので、エンターテインメント的なカタルシスは弱い。しかしそれは必ずしも欠点ではなく、安易な決着を着けない処に誠実さが感じられ、逆に潔い感じがして清々しくもある。上田早夕里の長編はいつもそうである。無理に決着を着ければ重要な何かが失われる、ということかもしれない。

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