『トーベ・ヤンソン短編集』2023年08月25日 21:42

 言わずと知れたムーミンの著者である。全体に「言葉が足らない」印象で、読者はもどかしい感じを受けるが、もちろんこれは意図的なものである。巻末の解説によれば著者は「三十五の言葉を使うところを五つですませるべく文体を切り詰める習癖(マニア)」(p.282)と自称していたらしい。読者は、安易な想像や推測で穴埋めせずに、曖昧なゆらぎを抱えたまま我慢して読み進まねばならない。俺のようにこれを面白いと思うか、苛立たしいと思うかは意見の分かれるところである。
 「リス」の主人公は人間嫌いで、小さな島に一人で住んでいるが、彼女はコミュニケーションを嫌悪しながら同時に切望している。一匹のリスが島に流れ着く。彼女はリスが島にい着くように努力するが、同時にリスがなついてしまわないように注意もしている。その距離感は微妙で、時々自分でも混乱する。最終的に彼女はリスに裏切られるが、リスからしてみれば「裏切りたくても始めから仲間ではない」のである。
 「ショッピング」では、何か大きな厄災の起こった街で、一組の夫婦がサバイバルしている。住民のいなくなった街で、二人はショッピングと呼ぶ略奪で生き延びている。住民は去ったが、街には夫婦が「あいつら」とか「よそ者」と呼ぶ侵略者が跋扈している。どんな厄災が起こったのか、あいつらとは何者なのかは最後まで一切説明されない。
 内容や文章には幾ばくかのユーモアやペーソスが満ちているが、どことはない昏さや不安感も常に背景に漂っている。北欧という土地柄、と思うのは考えすぎであろうか。

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