山内志朗著『中世哲学入門----存在の海をめぐる思想史』 ― 2023年08月22日 23:08
新書版だからもっと一般向けの解説書かと思ったらかなり専門的。いやあ時間かかった。暑いとこんな難解な本は読めないな。
普遍論争は捏造された、というような話がある。スコトゥスの存在論とオッカムの唯名論はそれほど対立的なものではなく、寧ろ連続的なものであった。対立とか論争とかいう話は、実はスコトゥスとオッカムが所属していたフランシスコ会を攻撃するために他会派が誇張して喧伝したというようなことが書かれてある。
しかし、この本の主眼はそういう歴史的あるいは政治的な論争史ではなく、中世の神学者たち、スコトゥスやオッカムがどのように世界を見、何を明らかにしようとしていたかということを、単なる理論ではなく、ありありとした実感として再現しようとすることである。もちろんそんなことはできはしない。できないと知りながら試み続ける、という過程の中間報告のごとき本である。
面白かったのは、普遍が限定されることで個体が生じるという存在観である。現代の物理学で言うと、世界には「存在場」のようなものが偏在していて、そこから個物の存在が生成するのである。「花が存在する」のではなく「存在が花する」というイメージ。
この本の中心主題である「存在の一義性」についてまだ何も書いてないが、もう脳が疲れた。
普遍論争は捏造された、というような話がある。スコトゥスの存在論とオッカムの唯名論はそれほど対立的なものではなく、寧ろ連続的なものであった。対立とか論争とかいう話は、実はスコトゥスとオッカムが所属していたフランシスコ会を攻撃するために他会派が誇張して喧伝したというようなことが書かれてある。
しかし、この本の主眼はそういう歴史的あるいは政治的な論争史ではなく、中世の神学者たち、スコトゥスやオッカムがどのように世界を見、何を明らかにしようとしていたかということを、単なる理論ではなく、ありありとした実感として再現しようとすることである。もちろんそんなことはできはしない。できないと知りながら試み続ける、という過程の中間報告のごとき本である。
面白かったのは、普遍が限定されることで個体が生じるという存在観である。現代の物理学で言うと、世界には「存在場」のようなものが偏在していて、そこから個物の存在が生成するのである。「花が存在する」のではなく「存在が花する」というイメージ。
この本の中心主題である「存在の一義性」についてまだ何も書いてないが、もう脳が疲れた。
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