藤井太洋著『東京の子』2022年01月25日 21:44

20年 4月 5日読了。
 東京オリンピック後を描いた、至近未来小説。経済の停滞した日本で、若者たちや外国人の暮らし方や働き方の変化、その課題を描く。
 主人公の立ち位置が興味深い。進行中の問題や事件には直接関らない、傍観者なのである。その意味ではミステリに於ける探偵的である。表面的には深入りしたくないという態度を取るのだが、結局、事態の進行を左右するような「仲介役」を演じてしまう。主人公は半ば反社会的な世界に暮らしていながら、優しさや公正さ、つまり正義を捨て切れていないからである。
 今回は明確な悪役が居ないのも特徴か。非人間的な情緒を持つ人物や「小悪党」は登場するが、悪意はなかったり、あっても犠牲者の面を持っていたりして「そいつをやっつければ解決する」ような巨悪は登場しない。そのため、結末のカタルシスはちょっと弱い感じ。カタルシスの弱さは、事態の複雑さによる部分もあるかもしれない。
 働きながら学ぶ「東京デュアル」という新システムの将来性や問題点と並行して、経済の停滞する東京に生まれたさまざまな新しい雇用形態、オリンピック景気の後に取り残された外国人たちなど、至近未来の東京の職の問題を網羅的に描く。意欲的ではあるが、ちょっと詰め込み過ぎの感じもあり、風通しが悪い気がする。
 藤井太洋の小説はいつも課題の解決案を提示する。それが実現可能かどうかはともかく、議論を刺激するような案である。つまり、藤井太洋の小説にはいつも希望がある。

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