小川洋子著『からだの美』2023年05月12日 22:17

 エッセイ集。外野手の肩、ミュージカル俳優の声などスポーツ選手や芸術家の体のほか、ゴリラの背中、カタツムリの殻など動物の体についても語られる。
 「子どもの頃、テレビや絵本でバレリーナを目にするたび、トウシューズの中で爪先がどんなふうになっているのか想像しては、いつも恐ろしい気持ちになっていた」(p.37「バレリーナの爪先」)。
 「それにしても一体誰が、爪先で踊るなどという残酷なことを思いついたのか。大地を踏みしめるための形に進化した足の裏を使わず、力を受け止めるにはあまりにも頼りない爪先に、全体重をかけるのだから、その時点ですでに理屈を無視していると言える。進化に逆らい、足をトウシューズという檻に閉じ込めてでもなお、人は、大地から遊離した存在を実現させたかったのだ」(p.40「同」)。
 「大地から遊離するとは、岸辺を離れ、向こう側へ近づくことに等しい。それはたぶん、死後の世界なのだろうと誰もが分かっている」(p.41「同」)。
 「人は、そこにないけれどある、ものに出会った時、より静かに心の目を見開く、実際には見えないはずのものを見た、と思える時、いっそう心を揺さぶられる。人形遣いの隠れた腕は、ないけれどある、という矛盾を意図もやすやすと乗り越え、現実よりももっと切実な心理を浮き彫りにする」(p.86「文楽人形遣いの腕」)。
 「レースの魅力は、網目に光が透けて見えるところにあると思う。細やかな編み目一つ一つが透明に光り、自分の目に映っているのが、糸そのものなのか、網目が作り出す空洞なのか、分からなくなってくる。自分はそこにないはずの、空洞を見て綺麗だと思っているのだ、と気づくとき、レースの持つ奥深さに魅了される。ないけれどある。レースはこの究極の矛盾を、いとも軽やかに私たちの前に差し出してみせる」(p.106「レース編みをする人の指先」)。
 ないけれどある。

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