神林長平著『絞首台の黙示録』2020年02月29日 20:51

15年12月21日読了。
 神林長平の作品にはしばしば他人との共感能力を欠く人物が出て来る。『完璧な涙』などははっきりとそれが主題と成っていた。神林の個人的な興味なのか、神林自身か極身近な人にその傾向があるのかは知らない。
 この作品の主人公の一人もそのような人物である。記憶が、つまり自己同一性が混乱した人物で、彼の一種の「自分探し」が作品の主筋と成る。序盤では同じ名前を名乗る人物が二人出て来て、お互いに自分こそが本物だと主張する。
 記憶の混乱した人物と確固たる記憶のある人物では、常識的に考えて後者が優位な筈だが、記憶のあやふやな人物の方が奇妙な説得力を見せて記憶のはっきりした人物を追い詰めようとしたりする。
 中盤、クローン人間関連の仕掛けで決着するのかと思わせるが、終盤また違う方向に進み始める。決め手が見出せない迷宮感、閉塞感はカフカ的である。俺の印象では、序盤で堂々巡りの議論に成り掛かり、ちょっと単調な感じもあったのだが、場所を移して牧師が登場してから議論が進展して面白く成る。相互に矛盾する複数の現実が出て来たりして奥泉光的な所もある。
 面白かったが、物語が狭い範囲に留まって世界に関っていかなかったのが物足りないといえば物足りない。最初の頁に「消えるは/書き手か/読み手か」とある。誰かが消えなければいけないらしい。

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