新美南吉著『ごんぎつね』2020年02月17日 21:32

15年12月 8日読了。
 昔から新美南吉の童話には違和感と言うか居心地の悪い気持ち悪さを感じていた。落ち着きが悪いと言うか、すっきりしないのである。
 今回、岩波少年文庫版で初めて(前に読んだのを忘れているだけかも知れぬが)「鳥右ェ門諸国をめぐる」を読んだのだが、不条理感があって良かった。筋だけを書けば、何処にも破綻した処はない。ある武士が自分の傲慢さに気付いて人のために成る事をしようとするが、傲慢さを捨て切れない自分に苦しみ発狂する話である。筋は通っているのだが、細部に何とはない不条理感が漂うのである。そこが面白かった。
 そう思ってみると、他の童話も、形式としては因果応報譚であったり、教訓話であったり、人情話であったりするのだが、どことはなくそこからはみ出したり、ずれたりしている処が在って、それが俺に居心地の悪さを感じさせていたのではないかと思い当たる。ある意味では良くできた、お行儀の良い童話に馴染んでいた子供にはそれが気持ち悪かったのかも知れない。

中山恒著『ぼくがぼくであること』2020年02月18日 22:36

15年12月 9日読了。
 著者は高名な児童文学者だが、不勉強な事に読むのは初めて。非常に面白かった。久し振りに面白いエンターテインメント文学を読んだという感じ。繰り返し言っている事だが、そしてこれからも繰り返し言うだろうが、魅力的な登場人物を活き活きと描く事ができればエンターテインメント文学は半分勝ったような物である。
 新しい事は何もない。それは発表された一九六九年でも同じであったろうから、そういう意味では一種の古典である。一つの典型と言って良いだろうが、特徴として、主人公の少年を指導する役割の大人が登場しない。大人達も皆未完成で迷っている。スター・ウォーズで言えば、オビ・ワンやヨーダのような人物が居ない。ユング風に言えば、オールド・ワイズマンやグレート・マザーは存在しない。
 著者は一九三一年の生まれで、この世代の人の特徴として大人を信用しない。少年時代に終戦を経験し、その前後で大人達の言う事が百八十度変わるのを目撃しているからである。養老孟司は「だまされた」と思ったそうである。当然イデオロギーも信用しない。これは石ノ森章太郎の漫画などにはっきり出ている。
 この作品で最も理想的な人物として描かれるのは主人公と同じ小学校六年生の女の子である。子供達は自分で理想を見付け出していく。
 文章も良いのだが、題名の付け方は巧くない。これでは説教染みた内容を想像してしまう。俺は想像した。優れたエンターテインメントである。良い本に出会うと嬉しい。

『コクーン』2020年02月19日 21:54

15年12月 9日視聴。
 つまらない。この設定なら、宇宙人と老人たちの交流を描く、もっと良い人情話ができた筈。あんな凄い恒星間宇宙船が作れるなら、ちゃちなボートをチャーターしなくても自前のテクノロジーでどうとでも成るだろう。

今西祐行著『肥後の石工』2020年02月20日 22:08

15年12月10日読了。
 宇助とお里の浅墓さにちょっと苛付く。特に宇助は三五郎を一度許し信じてからもう一度疑うという念の入りよう。愚かな人物が登場するのは別にかまわぬのだが、感情移入できない。物語を進めるために不自然な動きをする操り人形のようで、息遣いが感じられぬ。登場人物が多く、長さの割に挿話を積め込み過ぎ。封建時代の世の中の陰湿さは良く伝わって来る。

円城塔著『エピローグ』2020年02月21日 21:36

15年12月12日読了。
 この設定なら何でもありだが、何でもありというのは案外(でもないか)難しい。往々にしてイメージを垂れ流す駄目なファンタジーのような物に成りがちである。流石に円城塔、言葉の組み合わせの不思議さ、奇怪なイメージ、記述する物とされる物の入れ子構造が何処までも続いていくようなアクロバット的論理などで緊張感を途切れさせない。因果の破綻した世界なのにちゃんと構築性もある。ユーモラスな文章も楽しい。
 メタフィクションである。虚構の記述者の座を巡る戦いとも読めるし、現実は何処にあるのかと虚構中の人物たちが捜し回る話、とも読める。小説の登場人物が自分自身を記述しながら、自分を記述しているその当の言語を改変し、拡張しているという話にも読めるかも知れない。どうも言語やストーリーが自律性のみならず意志や人格のような物を持ち始めているようにも思えるし、かなり無理をすれば恋愛小説とも……難しいか。少し時間を置いてからもう一度読みたい。