中山恒著『ぼくがぼくであること』2020年02月18日 22:36

15年12月 9日読了。
 著者は高名な児童文学者だが、不勉強な事に読むのは初めて。非常に面白かった。久し振りに面白いエンターテインメント文学を読んだという感じ。繰り返し言っている事だが、そしてこれからも繰り返し言うだろうが、魅力的な登場人物を活き活きと描く事ができればエンターテインメント文学は半分勝ったような物である。
 新しい事は何もない。それは発表された一九六九年でも同じであったろうから、そういう意味では一種の古典である。一つの典型と言って良いだろうが、特徴として、主人公の少年を指導する役割の大人が登場しない。大人達も皆未完成で迷っている。スター・ウォーズで言えば、オビ・ワンやヨーダのような人物が居ない。ユング風に言えば、オールド・ワイズマンやグレート・マザーは存在しない。
 著者は一九三一年の生まれで、この世代の人の特徴として大人を信用しない。少年時代に終戦を経験し、その前後で大人達の言う事が百八十度変わるのを目撃しているからである。養老孟司は「だまされた」と思ったそうである。当然イデオロギーも信用しない。これは石ノ森章太郎の漫画などにはっきり出ている。
 この作品で最も理想的な人物として描かれるのは主人公と同じ小学校六年生の女の子である。子供達は自分で理想を見付け出していく。
 文章も良いのだが、題名の付け方は巧くない。これでは説教染みた内容を想像してしまう。俺は想像した。優れたエンターテインメントである。良い本に出会うと嬉しい。

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