アラン・ロブ=グリエ著『もどってきた鏡』 ― 2021年11月29日 21:48
19年11月28日読了。
ロブ=グリエは秩序を回避する。秩序というのは、体系、権威、安定、イデオロギー、統一、同一、まあ何でも良いが、そういう同じであろうとする事、変化しない事、統一されている事である。秩序を回避する事が彼にとっての自由なのである。
しかし自由はすぐに「自由という秩序」に堕する。それも回避する。回避し続けるところにしか自由はない。ところが「回避するという形式」が秩序に成る。そこでもう一段上位のメタレベルでの回避が始まるが、そこでも同じことが繰り返され、上位へ上位へと無限に後退していき、それもまた秩序化する。
そこで問題は回避する事ばかりではなく、「回避の仕方」という質的な創造性まで求められる。いかにすれば回避、即ち自由は可能か。そんな事は不可能なのではないか。問い続ける処にしか自由はなく、答が出た途端にそれは秩序に成る。などといっている事が既に秩序なんだよな。
ところで、生命は同じであろうとする事(遺伝)と変わろうとする事(進化)が同時に成立している。
著者と母親がともに貝殻などの「小さな物」を集める趣味があるのには妙に共感する。
ロブ=グリエは秩序を回避する。秩序というのは、体系、権威、安定、イデオロギー、統一、同一、まあ何でも良いが、そういう同じであろうとする事、変化しない事、統一されている事である。秩序を回避する事が彼にとっての自由なのである。
しかし自由はすぐに「自由という秩序」に堕する。それも回避する。回避し続けるところにしか自由はない。ところが「回避するという形式」が秩序に成る。そこでもう一段上位のメタレベルでの回避が始まるが、そこでも同じことが繰り返され、上位へ上位へと無限に後退していき、それもまた秩序化する。
そこで問題は回避する事ばかりではなく、「回避の仕方」という質的な創造性まで求められる。いかにすれば回避、即ち自由は可能か。そんな事は不可能なのではないか。問い続ける処にしか自由はなく、答が出た途端にそれは秩序に成る。などといっている事が既に秩序なんだよな。
ところで、生命は同じであろうとする事(遺伝)と変わろうとする事(進化)が同時に成立している。
著者と母親がともに貝殻などの「小さな物」を集める趣味があるのには妙に共感する。
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