貴志祐介著『新世界より』上下2025年12月11日 22:55

 分厚い四六判で上下二巻の大長編。タイトルとカバーの写真から、思弁的あるいは幻想的な作品かと思ったら、意外にも冒険活劇エンターテインメント。舞台は千年後の未来の日本。超能力者と普通の人間との間の闘争で文明が荒廃している。争いは超能力者側が勝利、生き残っている人間は「呪力」と呼ばれる念力を持った超能力者ばかりになっている。
 超能力者の中には、時折、「悪鬼」とか「業魔」という突然変異種が現れ、呪力を暴走させて人間を滅びの危機に陥れる。そのため、この時代の日本の都市では、悪鬼や業魔が現れないように子供たちは厳重に管理されている。そして、業魔や悪鬼の兆候のある子供は「処分」される。
 電機、通信、交通などの技術の多くは失われているが、呪力による遺伝子改変による品種改良技術により、様々な新種の生物が生み出されている。その一つである「バケネズミ」は、ある程度の知性がある使役動物として人間に支配されている。
 この世界をうろつきまわっている様々な奇妙な新生物たちが読みどころの一つになっている。特に面白い生き物(?)の一つが、大きな軟体動物のような「ミノシロモドキ」で、実はこれは図書館である。体内に膨大な書籍のアーカイブがあり、利用者登録をすると自由に知識を引き出すことができる。
 主人公は渡辺早季という女性。少女時代から青年期の彼女の視点で、物語は語られる。早季は少女時代に処分されかけたことがあり、業魔となった恋人はついに処分されてしまう。その記憶は権力者たちによって消されるが、支配層に対する不信感は物語を通じて消えることはない。
 クライマックスは、人間の支配から逃れようとするバケネズミたちとの戦争である。人間の両親を殺して手に入れた赤ん坊をバケネズミとして育てて味方にしている。つまり、バケネズミは呪力を手に入れたのである。人間が想像していた以上にバケネズミの知力は高く、巧みな戦略によって人間は劣勢に立たされる。
 早季と同級生の覚は、人類の命運を決する「秘密兵器」を探し求めて町を離れ、廃墟と化した東京へと旅をする。休みなく次々と襲ってくる危機を常に間一髪で擦り抜ける、ノンストップアクションである。
 先に述べたように、先は常にこの時代の体制に疑問を持っているのだが、物語自体は基本的に人間の側から描かれる。バケネズミの視点から、傲慢な人間という支配者からの解放を目指して戦いを挑む、という話を挟んでも面白かったかな、と思う。

ヨシタケシンスケ著『お悩み相談 そんなこともアラーナ』2025年12月13日 23:27

 絵本作家ヨシタケシンスケによるお悩み相談。「「どうすればうまくいくか」ではなく、「うまくいかなくてあたりまえ」。「理想に何点足りないか」ではなく、「最悪の状態から何点プラスなのか」。性善説より性悪説。「美しい逃げ方」「楽しいあきらめ方」です」(p.9)。
 「すべてのお悩みに言えることですが、「うまくいくはずだ」という前提をまず疑いましょう(笑)」(p.12)。
 「その人のよいところも悪いところも、同じ1つの特性から生まれてくるものなんですよね。時間にルーズだからおっとりしているとか、細かいことによく気がつくから嫌われたりとか、長所と短所って、やっぱり同じものの裏表なので」(p.15)。
 「これはですね、本当にネガティブな人は「前に進みたい」って思わないはずなんですね。なので、ネガティブさがまだちょっと足りないというか(笑)」(p.16)。
 「あと、社会人のほとんどは「すごいように見せるテクニック」が上手なだけであって、本当にすごいわけじゃないんですね。(略)だからうわべだけ真似すれば、自分もすごいように見えるはずなんです」(p.33)。
 「自分のことしか考えてないんですよ、みんな。だから、「みんなは自分のことをどう思ってるんだろう」ってこと以前に、自分もまわりの人のことはあんまり思っていないよなっていう、そこを考えてみるのはいいんじゃないかなって気がします」(p.35)。
 「あとは「自分がうそをついていない」ってうそを、自分にちゃんとつけるようになればいいんじゃないでしょうか。うそをつくことを悪いことだと思っちゃっているようですが、うそがつけるからこそ、大人は争いごとを減らしていくことができるので」(p.37)。
 「適切なタイミングで適切な相槌を打ち、相手の言ってことを繰り返すっていう、それだけでいいと思います。聞いている風な型をつくることで、自分が聞けているような感覚に陥るというか」(p.45)。
 「まず相手に感想を聞いて、「私もそう思いました」で充分だと思います(笑)。どうしても何か先に言わなきゃいけない場合は、とりあえず自分の小さい頃の思い出話をして、最後に「そのことを思い出しました」みたいに言ってしまえば、感想っぽくなります」(p.47)。
 「あともう1つ大事なこととして、世の中には「人と話をしないと生きていけない」っていう人が一定数いるんですね。で、そういう人は声も大きいので、世論をつくりがちで。「雑談が大事」「話し上手でいましょう、その方が人生で得をします」みたいな説は、そういう「人と話していないと生きていけないチーム」の人がつくる概念なので、あまり気にする必要はないんじゃないかなと。逆に誰と話さなくても平気な人、他人を必要としない人の方が、僕は格好いいなと思うので」(p.53)。
 「まず1つ、「今日が地球最後の日だ」と思うと、否が応でも世の中が光り輝いて見える、というのはありますね」(p.56)。
 「「一人反省会」は、開く人はどんなにうまく話せても開きますし、開かない人はどんなに人を傷つけても開かないので。反省会を開ける人は、上級な人間だと思ってもらっていいと思います(笑)」(p.61)。
 「悩みの本質にあるのは「本当の自分を見せることが、相手に対する誠意や信頼の基礎だ」という前提だと思うんですけど、そうとも限らないと思うんですよね」(p.63)。
 九歳の相談者からの「人間生活の中で一番大事だと思うことはなんですか?」という質問に対して。「「好きな歌の歌詞を全部覚えて、そらで歌えること」かなって、ちょっと思いました」(p.86)。
 「先に答えを言ってしまうと、やりたいことが見つからなくても全然よくて、「どうしてもやりたくないこと」が1つあれば、それでもういいんです」(p.90)。
 洗濯は好きだが、たたんで引き出しにしまうのが嫌いという人への答え。「でもこれはもう、たたまなきゃいいんじゃないですかね。干してあるハンガーから直接着れば」(p.142)。
 「最近、私の中で流行っているのは「結局、場所なんじゃないか説」。探すべきは、目指すべきは、職業でも年収でもやりがいでもなく、「居心地の良い場所」なんじゃないか、という説です」(p.162)。

ジーン・ウルフ著『ケルベロス第五の首』2025年12月25日 22:02

 中編三編の連作。
 「『ケルベロス第五の首』の舞台は未来。人類が植民した双子惑星サント・クロアとサント・アンヌである。テクノロジーは一部は現代よりはるかに進歩しているが、一部は退化して中世のような停滞した世界を作りあげている。サント・アンヌには最初の人類が訪れる以前から「アボ」と呼ばれる原住民が住んでいた。原住民はなんにでも自由に姿を変える能力を持っていたとされる。だが、彼らは人類によって滅ぼされてしまい、今はただ噂と伝承が残されるのみだ。だが、その一方で一風変わった説を信じる者もいる。原住民たちは人間に滅ぼされたのではなく、逆に到着した人類を皆殺しにして彼らに取ってかわったというのだ。人間の姿を身にまとった原住民たちは、自分たちがもともと人間でなかったことも忘れてしまったという」(p.325「解説」)。
 同じ設定で三編の中編が語られる。原住民の設定からわかるように、主題は自己同一性の揺らぎである。原住民は今でも生きているという噂や、自分は原住民である、あるいは原住民の血を引いていると主張する人物は出てくるが、原住民は最後まで明確な姿は現さない。ただ、濃厚な気配だけが充満している。
 原住民は道具をうまく使うことができないとされるのだが、第三話の語り手である人類学者はペンがうまく持てず、極端に読みにくい字を書くが、そのことの意味に自分では気づかないところも面白い。