劉慈欣著『流浪地球』 ― 2023年04月28日 22:45
短編集。表題作は太陽の異変によって滅びようとしている人類が、地球に巨大な噴射式エンジンを取り付けて、地球自体を宇宙船にして新たな恒星を目指す。読み処は稀有壮大な計画自体以上に、科学的に無知なこともあり計画を受け入れられない一般大衆による計画の妨害など、危機的状況に愚かしく右往左往する人類の姿にある。「人類はそれほど上等な生き物ではない」というのはSFが繰り返し描いてきたことだし、これからも描かれるだろうし、繰り返し描く価値のあることでもあろう。矛盾しているのだが、どうも「人類の英知」を描いた作品よりもこういう人留への絶望を描いた作品の方に「希望」に似たものを感じる。嘘がないからであろうと思っている。
「ミクロ紀元」は、やはり太陽の変異による地球の危機を描く。危機を逃れるため、人類は細菌サイズにまで体を縮小して生き延びる。ミクロ人間たちは、思考力や知識はマクロ人間と変わらないのだが、やたら感情の切り替えが早く、悲しみも苦しみも長続きせず、やたら陽気である。
「呑食者」では、宇宙から侵略者がやってきて地球の資源を根こそぎ奪い、人類を食用の家畜にする。恐竜に似た宇宙人が「二度とモラルを語るな」と人間を怒鳴りつけるところなどなかなか面白い。
「ミクロ紀元」と「呑食者」もコメディ調の部分があるが「呪い5・0」は完全な喜劇である。コンピュータで管理されている都市に、感染したコンピュータウィルス「呪い」は、駆除が困難だが、最初は何の被害ももたらさない冗談のようなものだったので、そのまま放置されていた。しかし、作家にしてエンジニアの劉慈欣が酔っぱらってプログラムを書き換えたことから、都市には未曽有の大災害が引き起こされる。実在する中国のSF雑誌「SFキング」が「アンチ・ウェーブSF」を標榜して先端科学を拒否するエピソードなど面白かった。
「中国太陽」と「山」は、「流浪地球」とは打って変わって人間に希望を見いだす話だが、これも種としての人類というよりは個人に対する希望である。
「ミクロ紀元」は、やはり太陽の変異による地球の危機を描く。危機を逃れるため、人類は細菌サイズにまで体を縮小して生き延びる。ミクロ人間たちは、思考力や知識はマクロ人間と変わらないのだが、やたら感情の切り替えが早く、悲しみも苦しみも長続きせず、やたら陽気である。
「呑食者」では、宇宙から侵略者がやってきて地球の資源を根こそぎ奪い、人類を食用の家畜にする。恐竜に似た宇宙人が「二度とモラルを語るな」と人間を怒鳴りつけるところなどなかなか面白い。
「ミクロ紀元」と「呑食者」もコメディ調の部分があるが「呪い5・0」は完全な喜劇である。コンピュータで管理されている都市に、感染したコンピュータウィルス「呪い」は、駆除が困難だが、最初は何の被害ももたらさない冗談のようなものだったので、そのまま放置されていた。しかし、作家にしてエンジニアの劉慈欣が酔っぱらってプログラムを書き換えたことから、都市には未曽有の大災害が引き起こされる。実在する中国のSF雑誌「SFキング」が「アンチ・ウェーブSF」を標榜して先端科学を拒否するエピソードなど面白かった。
「中国太陽」と「山」は、「流浪地球」とは打って変わって人間に希望を見いだす話だが、これも種としての人類というよりは個人に対する希望である。
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