アン・マキャフリー著『歌う船[完全版]』2025年07月02日 22:23

 連作短編集。人類が銀河系全体に進出している遠未来。主人公のヘルヴァは、そのままでは生きることのできない奇形として生まれたが、頭脳は明晰だったため、宇宙船の頭脳として生きることができた。作品中ではあまり強調されることはないが、これは幸福な物語ではない。〈頭脳船〉を作り出した〈中央諸世界〉は、頭脳船に様々な任務を命じる。頭脳船は、債務や心理的な条件付けなどによって、任務を拒否することはできない。中央諸世界が頭脳船を搾取していることは明らかである。
 一方、ヘルヴァは宇宙船としての自己同一性を確立している。船を自分の肉体として操るように、人間と見分けのつかない人工の肉体を使うこともできるのだが、ヘルヴァはそれを断固拒否する。それでは、頭脳船にとっての自由とは何か、というのが裏の主題の一つとなっている。ヘルヴァはさまざまな任務を解決する優秀な調査船であると同時に、一人の少女でもあり、歌を歌い、恋をする。心は揺れ動き葛藤する。
 「劇的任務」という作品に登場する異星人が面白い。思考の異質さが、言葉遣いの奇妙さとして表現されている。俺は非常に面白かったのだが、なぜか巻末に収められた二種類の解説では触れられていない。
 今似た小説が書かれるとしたら、頭脳船には多数のドローンが搭載されるであろう。

マーサ・ウェルズ著『マーダーボット・ダイアリー システム・クラッシュ』2025年07月10日 22:09

 『ネットワーク・エフェクト』の続編。自称暴走殺人警備ユニットの「弊機」は、異性遺物に汚染された植民惑星の事件に巻き込まれる。弊機と仲間たちは、企業に騙されて奴隷契約を結ばされそうになっているこの星の住民を救おうと奔走するが…。
 例によって、筋立てはそれほどでもないが、登場人物の愛らしさで、最後まで持たせてしまう。特に、弊機と宇宙船AIの「ART」との、憎まれ口を叩き合う屈折したいちゃつきが可愛らしい。この二人(どちらも人じゃないけど)の性格の歪み具合が、物語の魅力の大半を占める。

仲村融編『宇宙探査SF傑作選 星、はるか遠く』2025年07月17日 22:36

 アンソロジー。五十年代、六十年代発表の作品を中心に、九編を収録。副題に「宇宙探査SF傑作選」とあるが、系外惑星が舞台になっているだけで、必ずしも「探査」に主題が置かれていない作品もある。
 俺が一番好きなのはハリー・ハリスン「異性の十字架」。宗教という概念を持たない異星人に、宣教師がキリスト教を布教しようとする話。皮肉な悲劇として描かれているが、筒井康隆なら全く同じ筋立てでドタバタ喜劇にするであろう。
 他にはジェイムズ・ブリッシュ「表面張力」が力作。他惑星の環境に合わせて遺伝子改変された人類の話。今読むと目新しさはほとんどないが、細部が丁寧に構築されていて読みごたえがある。
 それに比べると、当時のニューウェーブ運動の影響を受けた不条理文学のデイヴィッド・I・マッスン「地獄の口」はなんだか古臭い。
 解説にあった、マリオン・ジマー・ブラッドリー「風の民」の訳者が「これは竹宮恵子だ」と思ったいう話も面白い。

デイヴィッド・ウェリントン著『妄想感染体 上下』2025年07月26日 22:17

 長編。超光速航行が実現され、他星系に植民を開始している未来が舞台。防衛警察(防警)の警部補サシャ・ペトロヴァは、今の地位が親の七光りでないことを証明しようと必死だったが、結果としては捜査を妨害してしまう。そして、サシャは太陽系から遠く離れた植民惑星「パラダイス-1」の調査を命じられる。
 サシャは懲罰的な命令だと思っていたが、パラダイス-1は、軌道をめぐる百以上の宇宙船で封鎖されいた。パラダイス-1に着陸しようとしたサシャの宇宙船も攻撃を受け、大破する。軌道上の宇宙船は、AIも人間の精神も正体不明の病原体に感染し、狂気に囚われ、サシャの敵となっていたのだ。つまり、サシャと宇宙船の乗組員たちは周囲を敵に取り囲まれていたのである。物質的な実態がなく、感染経路も不明な病原体との戦いが始まった。
 正統派エンターテインメント。次々と新たな危機に襲われ、その都度、紙一重で切り抜けていく。描写が的確で皮膚感覚に訴えてくる。これは作者の本領がホラーだからかもしれない。そういえばダン・シモンズもホラー作家だ。
 サシャは幼い頃から母親の虐待を受けていて、母親の呪縛からの脱出が重要なエピソードとなっている。
 もう一人の主人公といえる医師のジャンが面白い。能力は高いのだが、自分を過小評価している。パラダイス-1を襲ったのと同種の感染症で、多くの市民が死ぬのを防げなかったことがトラウマとなっていて、精神的に不安定で他者とうまくコミュニケーションできない。描写にも力が入っていて、作者がこの人物を気に入っているのが伝わってくる。
 皮肉屋のロボットも良い味を出している。

平藤喜久子著『人間にとって神話とは何か』2025年07月31日 22:14

 NHK出版の「宗教のきほん」というシリーズの一冊。
 序章「神話を知るために」では、神話が今日まで伝えられてきた形式について紹介される。本来口承文芸であった神話は、文学や演劇、宗教聖典などの形式で保存された。また、日本では神話は歴史として伝えられた。
 第1章は「神について考える」。まず、神の造形について。古代の土偶では、しばしば極端に豊満な姿の女性が創られるが、これは豊穣の表現であると言われる。また、神の超越性を表現したものとして、翼や獣の頭部を持つ神々が造形された。アニミズム的な自然観では、山や大きな川、岩などが直接的に神として崇められた。日本の古墳時代には、人間を象った埴輪は作られたが、神を描いたものは作られなかった、という話は面白い。日本で神の姿が描かれるようになったのは、九世紀ごろの神仏習合以降だという。
 そして神の住まう場所として、オリンポス山や世界樹ユグドラシル、高天原などが紹介される。更に、死者の住む地下世界、黄泉の国、根の国などの解説。
 第2章は「神話が伝えていること」。まず、神話の重要主題として、起源神話について。世界、火、食べ物、人間と死などについて、世界の神話を紹介する。他の動物は決して問わない、「我々はどこから来たのか」という問い。人間だけがそれを知りたがる。知らないと不安らしい。
 第3章は「神話と歴史はどうかかわるのか」。「神話は何を語っているのか」という問題について、「神話とは何らかのことを象徴的に表現している」というアレゴリズムと、「神話が伝える不思議な物語は、現実にあった歴史的事実を踏まえている」というエウヘメリズムの比較。例のシュリーマンの事例などを踏まえつつ。
 また、日本や韓国におけるナショナリズムと神話の関連についても紹介される。
 第4章は「神話から何が学べるのか」。我々の未来に対して、神話は何を語るのか。キーワードは「心」と「創造性」。
 世界には、離れた場所によく似た神話が伝わっている場合がある。その理由として「伝播」と人類に普遍的な「無意識」の可能性を考える。
 さらに、十九世紀に成立したフィンランドの「カレワラ」やラブクラフトの「クトゥルフ神話」、映画の「スター・ウォーズ」などを例に、現代おける新たな神話の可能性について。人類史の「グレート・ジャーニー」やジェンダー、フェミニズムなどを視点からも考えている。
 ないものねだりかもしれないが、世界にはどんな神話があるかを網羅的体系的に示した「地図」のようなものがあればよかったな、と思う。