中村桂子著『老いを愛づる』 ― 2023年10月05日 23:15
八十六歳になった著者が、自分を刺激してくれた様々な人たちの言葉をきっかけに、老いについて語るエッセイ。題名に「愛づる」とあるように、老いを肯定的にとらえる内容である。
「真宗大谷派難波別院の掲示板には、「これでいいのだ ~赤塚不二夫~」とあるとのことです。バカボンのパパのこのセリフは、「ありのままを受け入れる」というお釈迦様の悟りの境地に重なると解説されていました」(p.33)。
フーテンの寅さんの台詞「キリがありませんから」。「日常の家事はどれもいつ終わるともなく続くものばかりです。何もかもきちんとやろうと思ったら疲れますし、終わらないのは自分の不手際のように思えて落ち込みます。年齢を重ねれば、そのようなことが増えていきます。そこで、そろそろ疲れて来たなあと思う時、「キリがありませんから」と言って切り上げることにしました」(p.36)。
もう一つ寅さんの言葉。「ああ生まれてきてよかったなって思うことが何べんかあるんじゃない、ね。そのために人間生きてんじゃねぇのか。お前にもそういう時が来るよ、うん。まあ、がんばれ」(p.38)。
テレビドラマ『北の国から』の主人公、黒板五郎の台詞「もしもどうしても欲しいもンがあったら、自分で工夫してつくっていくンです。つくるのがどうしても面倒くさかったら、それはたいして欲しくないってことです」(p.42)。
『北の国から』の脚本家、倉本聰の言葉「東京の若者に「生きていくのになくてはならないものは何?」と聞くと、携帯電話という答えが返ってくる(まだスマホではありませんでした)。それに対して、富良野で暮らし始めた若者たちは、まず「水」と言い、「暮らしていくにはナイフが必要」と言うと」(p.46)。
不登校になったフリースクールの子供達に「いのちのもんだいは○か×かですまない」という話をした時のある中学生の男の子の言葉「僕はこれまで、何でも○か×かで答えなさいと言われてきました」(p.73)。
「人工的にアリをつくり出すことはできません。三八億年近い長い時間がなければ、アリは存在しないのです」(p.82)。
j・ウェブスターの『あしながおじさん』の主人公ジュディの言葉。「たいがいの人たちは、ほんとうの生活をしていません。かれらはただ競争しているのです」(p.91)。
1992年の地球サミットで、当時十二歳のカナダの少女、セヴァン、スズキの言葉。「学校で、いや、幼稚園でも、穴なたたち大人は私たち子どもに、世の中でどう振る舞うかを教えてくれます。たとえば、/・争いをしないこと/・話し合いで解決すること/・他人を尊重すること/・ちらかしたら自分で片づけること/・ほかの生きものをむやみに傷つけないこと/・分かち合うこと/・そして欲張らないこと/ならばなぜ、あなたたちは、私たちにするなということをしているのですか」(p.98)。
世界一貧しい大統領と言われた、ウルグアイのムヒカ大統領「私は貧しいのではありません。質素なのです」(p.122)。
中村哲「武器ではなく水を送りたい」(p.159)。養老孟司が言っていたことだが、日本政府は、賞を与えたり表彰したりという公式な形で中村哲を評価したことはないそうである。まったく何という国であろうか。政府ではなく中村哲を支援したい。
水俣病の問題を描いた『苦海浄土』の作家、石牟礼道子「患者さんたちが思っている偉い人というのは徳の高い人です。患者さんたちはそういう人に会いたかったんです」(p.185)。
「真宗大谷派難波別院の掲示板には、「これでいいのだ ~赤塚不二夫~」とあるとのことです。バカボンのパパのこのセリフは、「ありのままを受け入れる」というお釈迦様の悟りの境地に重なると解説されていました」(p.33)。
フーテンの寅さんの台詞「キリがありませんから」。「日常の家事はどれもいつ終わるともなく続くものばかりです。何もかもきちんとやろうと思ったら疲れますし、終わらないのは自分の不手際のように思えて落ち込みます。年齢を重ねれば、そのようなことが増えていきます。そこで、そろそろ疲れて来たなあと思う時、「キリがありませんから」と言って切り上げることにしました」(p.36)。
もう一つ寅さんの言葉。「ああ生まれてきてよかったなって思うことが何べんかあるんじゃない、ね。そのために人間生きてんじゃねぇのか。お前にもそういう時が来るよ、うん。まあ、がんばれ」(p.38)。
テレビドラマ『北の国から』の主人公、黒板五郎の台詞「もしもどうしても欲しいもンがあったら、自分で工夫してつくっていくンです。つくるのがどうしても面倒くさかったら、それはたいして欲しくないってことです」(p.42)。
『北の国から』の脚本家、倉本聰の言葉「東京の若者に「生きていくのになくてはならないものは何?」と聞くと、携帯電話という答えが返ってくる(まだスマホではありませんでした)。それに対して、富良野で暮らし始めた若者たちは、まず「水」と言い、「暮らしていくにはナイフが必要」と言うと」(p.46)。
不登校になったフリースクールの子供達に「いのちのもんだいは○か×かですまない」という話をした時のある中学生の男の子の言葉「僕はこれまで、何でも○か×かで答えなさいと言われてきました」(p.73)。
「人工的にアリをつくり出すことはできません。三八億年近い長い時間がなければ、アリは存在しないのです」(p.82)。
j・ウェブスターの『あしながおじさん』の主人公ジュディの言葉。「たいがいの人たちは、ほんとうの生活をしていません。かれらはただ競争しているのです」(p.91)。
1992年の地球サミットで、当時十二歳のカナダの少女、セヴァン、スズキの言葉。「学校で、いや、幼稚園でも、穴なたたち大人は私たち子どもに、世の中でどう振る舞うかを教えてくれます。たとえば、/・争いをしないこと/・話し合いで解決すること/・他人を尊重すること/・ちらかしたら自分で片づけること/・ほかの生きものをむやみに傷つけないこと/・分かち合うこと/・そして欲張らないこと/ならばなぜ、あなたたちは、私たちにするなということをしているのですか」(p.98)。
世界一貧しい大統領と言われた、ウルグアイのムヒカ大統領「私は貧しいのではありません。質素なのです」(p.122)。
中村哲「武器ではなく水を送りたい」(p.159)。養老孟司が言っていたことだが、日本政府は、賞を与えたり表彰したりという公式な形で中村哲を評価したことはないそうである。まったく何という国であろうか。政府ではなく中村哲を支援したい。
水俣病の問題を描いた『苦海浄土』の作家、石牟礼道子「患者さんたちが思っている偉い人というのは徳の高い人です。患者さんたちはそういう人に会いたかったんです」(p.185)。
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