人間六度著『烙印の名はヒト』2026年04月07日 22:43

 長編。舞台は未来の地球。ウエイツと呼ばれるアンドロイドで、介護肢(ケアボット)のラブは、自分たちを開発した研究者の一人であるカーラ白紙に依頼され、彼女を殺す。彼女は訴追され、無期懲役の判決を受ける。刑罰を受けるということは、法的にはヒトであるということである。ヒトであることを受け入れられないラブは脱走する。ウエイツは人間の尊厳を汚すとして破壊しようとする勢力、ウエイツの権利を守ろうとする勢力、ウエイツの製造企業、事件映像の配信者などが入り乱れて、ラブを追いかける。アクションSFだが、終盤には意外なラスボスが登場する。
 「どのような知性なら人格を認められるのか」というのは、ロボットSFの伝統的な主題で、日本なら『鉄腕アトム』にまでさかのぼるが、ともすれば人種差別問題の隠喩にもなりがちだったこの主題が、AI時代の今は別のリアリティを持ち始めている。二十一世紀にもなって戦争が止められない現状を見ると「もう、AIに任せた方がいいよね」という投げ遣りな気分にもなる。

灰谷魚著『レモネードに彗星』2026年04月09日 22:00

 短編集。脱力系不条理SF。北野勇作を連想させる。こういう雑な分類は著者を怒らせるかもしれぬが、読もうか読むまいか迷っている人には有効であろう。
 俺が一番好きなのは最も長い「新しい孤独の様式」である。主人公は暗くて地味で屈折した少年時代を送った、暗くて地味で屈折した青年ハルオである。ある時、ハルオの前に、少年時代の一時期を共に過ごした美しい女性スミが現れる。スミは他人と肌を触れ合うと気分が悪くなる性質だった。一方、若い男性の欲望を処理するためのバーチャル人格であったはずのチロルが実体化し始めて、ハルオにまとわりつく。こういう設定なのにエロチックコメディには展開せず、かといって性に関する思弁小説にもならず、物語は奇妙に迷走する。
 そして、そのような話の筋とはかかわりのないところでさらに奇妙なことが起こっている。レバーがレバニラになるときにとれた「ー」をスミが手に取って振り回す場面がある。普通に考えれば「ー」は文字あるいは音なので、手に取ることはできない。当たり前だ。一切説明はないし、こんなものはなくても物語の進行には支障はない。滅茶苦茶である。そして、滅茶苦茶を書くことは案外難しいものである。気になる作家が一人増えた。