小川哲著『スメラミシング』 ― 2025年02月13日 22:03
短編六編を収録。SFとしては「七十人の翻訳者たち」が完成度が高い。描かれる人物と描く人物の入れ子構造を描いていて、ある種のメタフィクションにもなっていて俺好みである。
表題作は、純文学、つまり内面を描いた物語。ちょっと「ズレちゃった人」がたくさん出てくる。息子の一人立ちを受け入れることができずにすべてを掌握しようとする母親とか、規格外のものの混入が許せずすべてが整然としていなければ我慢ならないある種の強迫神経症、反ワクチン主義の医者、様々な陰謀論者などなど。そしてSNSにスメラミシングというアカウントで支離滅裂な投稿をする者が現れる。意味不明なのだが、漠然と現代の世界に不満を持っているらしいことは判る。そのスメラミシングに、先のズレちゃった人たちが反応する。スメラミシングの投稿は意味不明なだけにどのような解釈も可能で、内容についての議論が盛り上がり、スメラミシングの解説をする人たちは「バラモン」と呼ばれた。やがてスメラミシングは「ネタ」の対象ではなく、「崇拝」の対象になっていく。ズレているのは自分ではなく世界の方だと勘違いしている人々は、スメラミシングの「指導」の下、世界を変えようと動き出す。
表題作は、純文学、つまり内面を描いた物語。ちょっと「ズレちゃった人」がたくさん出てくる。息子の一人立ちを受け入れることができずにすべてを掌握しようとする母親とか、規格外のものの混入が許せずすべてが整然としていなければ我慢ならないある種の強迫神経症、反ワクチン主義の医者、様々な陰謀論者などなど。そしてSNSにスメラミシングというアカウントで支離滅裂な投稿をする者が現れる。意味不明なのだが、漠然と現代の世界に不満を持っているらしいことは判る。そのスメラミシングに、先のズレちゃった人たちが反応する。スメラミシングの投稿は意味不明なだけにどのような解釈も可能で、内容についての議論が盛り上がり、スメラミシングの解説をする人たちは「バラモン」と呼ばれた。やがてスメラミシングは「ネタ」の対象ではなく、「崇拝」の対象になっていく。ズレているのは自分ではなく世界の方だと勘違いしている人々は、スメラミシングの「指導」の下、世界を変えようと動き出す。
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