T・バトラー=ボードン著『世界の哲学50の名著』2021年10月01日 21:51

19年 6月14日読了。
 古代から現代までの哲学の名著五十冊を紹介する。原著を全て読んでいるわけではないので、というか殆ど読んでいないので、巧く纏まっているかどうかは判らない。しかし、それぞれの本に興味を持たせる導入、つまり啓発書としてはある程度成功しているのではないか。少なくとも俺は、アイリス・マードックとデヴィッド・ボームに新たに興味を持った。
 この種の案内書のもう一つの役割として、その分野の全体像を地図のような物として見渡せるようにする、ということがあるだろう。この点に関しては余り成功していないような感じ。もっとも、哲学という学問分野の錯綜性(と言うかある種の混乱)からして、誰がやっても成功しないのかも知れない。
 それでも、哲学が大きく二派に分かれる事は何となく判る。ひとつは「抽象的な形而上学、あるいは主観に基づく推論」を認める立場、もう一つは抽象や主観を排し、感覚を通じて知り得るものに基づく推論だけを認める立場である。
 後者は経験論、功利主義、唯物論などで、論理実証主義に行き付く。また、人間の知性については言語に還元できるとする分析哲学に行き付く。前者はプラトンのイデア論に始まり、デカルト、カントに展開する観念論の系譜である。
 観念論は、論理実証主義や分析哲学に覆されたかに思われたが、近年になって道徳、正義といった問題に絡んで復活しつつある。そして、復活した新しい観念論は、全体論的で東洋思想の影響を受けている。大体そんな感じは掴めた。

瘤久保慎司著『錆喰いビスコ』2021年10月02日 21:44

19年 6月16日読了。
 長編。冒険活劇。舞台は文明が滅び、錆の毒に冒された未来の日本。キノコを自在に操るキノコ守りのビスコと、少年医師のミロは、錆毒の特効薬を見付け出すために冒険の旅に出る。講談と言うか、浪花節である。愛する者のために命を賭けて戦う主人公達!。「読書メーター」の感想には「様式美」とあった。
 ライトノベルは殆ど読まぬが、全体にこんな感じであろうと想像する。薄っぺらで安っぽいが、そこにB級と言うかキッチュな魅力がある。ダサかっこいい。
 登場人物の性格設定はある程度類型的ではあるが、みな活き活きと描かれている。
 パワーと言うか活力と言うか元気と言うか、破れかぶれ気味に漲る生命力の横溢が描写されている文章が良い。敵役の黒革もなかなか魅力的に描かれているが、もう二三人魅力ある悪役が欲しい処。
 以下ネタバレ。英雄神話の定石で、主人公は一度死んで蘇るが、そこの処をもう少したっぷり描写しても良かったのでは。あとまあこれは無い物ねだりなのだが、毒の撒き散らされた未来世界に適応した進化生物、つまり怪獣がたくさん出てくるのだが、これがもう一つ魅力がない。
 ライトノベルに限らず、漫画でも映画でも、こういうエンターテインメントが沢山あると良いな。

津久井五月著『コルヌトピア』2021年10月03日 21:56

19年 6月17日読了。
 中編と呼ぶか長編と呼ぶか迷う長さ。大震災を経て復興した二十一世紀後半の東京。植物を情報処理装置として利用する新技術「フロラ」を活用するため、東京二十三区全体を取り囲む環状緑地帯が作られている。
 主人公は、フロラに関する技術者と研究者。筋立てとしては、環状緑地帯で起こったフロラに対する一種のサイバーテロを解決していく物語と、植物と人間が接続されることに依る新たな認識や思考の可能性の物語が絡み合って進行する。
 この植物を使った情報装置という着想が抜群に魅力的である。「植生が複雑で変化に富んでいるほど、フロラが創発するパタンも多様になる」とか「フロラのパタン創発に於ける動物や昆虫の関り」とか、刺激的な関連アイデアが頻出する。
 また、植物について我々は、と言うか俺は、ついつい無意識に地上に出ている幹や枝や葉や花が主体だと思ってしまうが、根の方が主体で、地上部分は根に必要な栄養やエネルギーを吸収するための附属器官とも考えられる、と気付かされたのも収穫だった。
 勿論、どちらが主体でもなく全体を系として見なければならぬという視点もあるし、それをさらに生態系まで進める視点もあり得るし、逆にミクロ方向に分割する視点もあり得る。フラクタルの考え方を導入したらどうか、など様々な思い付きを誘発する。
 主人公の意識が植物情報系と接続されて、認識や思考が拡張される描写が、殆ど神秘的とも言える魅力を放っている。これをこそ最後の山場に持ってくるべきではなかったか、と俺は思う。これは「ハヤカワSFコンテスト」大賞受賞作品で、選評では「登場人物の性格が弱い」とか「筋立てがなってない」とか評されていたが、この植物知性の描写で全て帳消しではなかろうか。
 ウェブで検索すると、やはり「登場人物が魅力に乏しい」とか「筋立てのカタルシスが弱い」とか「薄味」とかいう感想が多いようだ。『錆喰いビスコ』の次に読んだせいか、俺はむしろ清潔感を感じて好ましかった。まさにその描写の先鋭性ゆえに数多く売れる作品ではないだろうが、SF界全体を刺激する力の大きな作品と見た。
 これも個人的な事だが、たまたま読んでいた『ナショナル ジオグラフィック』のバックナンバーで「“会話”する森」(2018年6月号)という記事を読んだばかりだったので、おお、シンクロニシティ、と思った事であった。

池田晶子著『14歳からの哲学 考えるための教科書』2021年10月04日 21:46

19年 6月18日読了。
 子供向けの哲学入門書。哲学の専門用語は使わずに「自分とは誰か」「死をどう考えるか」「存在の謎」といった問題を考える。そう、最大の特徴は「知識を教える」のではなく「考えを促す」事である。考えるきっかけを与え、考え方を示唆している。
 所々強引で、これで子供に「抽象思考の面白さ」が伝わるかな、と思う処も多いが、試み自体が素晴らしい。認識と存在、そして善悪。前提に遡って考える事。
 感想掲示板「読書メーター」での賛否は数えたわけではないが八二で賛が多い感じ。否を唱える感想では「中立に見えて中立ではなく自分の主張に誘導している」処が気に入らないようだ。御尤もだが、中学生を「私を信じるな、この本も疑え」という処まで導くのはどうでしょうねえ。それはもう一つ次の段階なのでは。
 俺が気に入った感想「わかった様なわからない様な感覚、それは多分、わかっていないことが少しだけわかった、ということなのだと思う。だから、もっと考える」。人をこういう気分にさせたのなら、やはり良書なのでは。こういうSNS類を見て思う事は、無い物ねだりの文句をいう人はどこにでもいる物だ、という事である。
 これから哲学は流行るであろう。寿命が伸びていて、景気が悪いからだ。高度経済成長期のような経済発展という目標が失われた今、人生百年時代をどう生きたら良いか。人生の意味を考えざるを得まい。

池田晶子著『14歳の君へ どう考え どう生きるか』2021年10月05日 21:13

19年 6月19日読了。
 『14歳からの哲学』と同じ方向性の著書で、全体として言っている事も同じなのだが、構成が全く違う。前著が「考えるとはどういう事か」という哲学の中心課題から始まっているのに対し、この本では、友だちとは何かとか、個性を持つとはどういう事かといった、身近な問題から話を始めている。その分話の流れが判り易いが、抽象的な思考に到達するまで時間はかかる。
 前著の方が原理的であり体系的なので、そっちの方が全体像を早く掴める。どちらが良いかは、それこそ読者の個性に依るが、一般的な14歳ならこの本から始めて前著に向かえば判り易かろう。
 感想を検索すると、批判的な意見も多いが、独善的にばっさり否定するようなのは少ない。
 「自分の解釈に満足していないか不安が残る。(それでもいいのかは分かからない)」
 こういう、自分に疑いを持つ感想を読むと嬉しい。
個人的には「ねばならぬ」みたいな、教訓的と言うか「正しい事、善い事」への熱い主張も良いのだが、哲学的な抽象思考の楽しさ面白さをもっと強調して欲しい処。何かが判る、腑に落ちるという事の鋭い歓び。