G・ウィロー・ウィルソン著『無限の書』2021年04月05日 22:44

18年 5月 7日読了。
 長編。なかなか面白かった。部隊は中東の架空の国〈シティ〉。現代の電子情報技術と、前近代的な社会整備の遅れが同居している、中東独特の状況。神秘的なファンタジーの世界とコンピュータネットワーク技術が重ね合わされる。世界を変え得る力を持つという賢者の石の如き書物をプログラムコードに変換するという着想が面白い。登場する魔物達は、何だかみんな人が良い。
 愚かだった少年が力強い男性に成長していくという教養小説でもあるが、主人公の男の子の頼りなさに比べて、ヒロインの聡明さが際立つ。男はみんな自分を見失った馬鹿者に見えるんだろうなあ。
 魔界にもインターネットが在るのかと主人公が驚く処が妙に印象に残る。「従兄弟よ、われらはワイファイを使っている」(p.303)。
 信仰するとはどういう事かという問題が屡々話題に成る。作品の主要な主題ではなく、もしかしたら作者は主題として意識していないのかも知れないのだが、イスラム教への改宗者である彼女には自然と出て来てしまう問題なのかも知れない。
 結末は「アラブの春」を連想させる。インターネットが普及し始めた頃、この技術に依って情報格差は軽減され、権力者やエリートに依る情報支配は弱まり、情報的民主制や公正性が広まるだろうと期待され、ネット市民、ネチズンといった言葉も生まれた。現実には、期待はある程度実現したが予想したほどではなく、寧ろ、悪意在る利用者を大量に生みだした。
 注目されるのは、ナショナリズムなど偏狭な思想の流布に利用される点である。情報の叛乱は、公正性よりも、自分の気に入る情報だけを拾い集め、それ以外に目と耳を塞がせる機能を果たしている。人には自ら求めて視野を狭めようとする傾向がある。自由はしんどいからな。

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