結城充考著『アブソルート・コールド』 ― 2024年06月05日 22:38
長編。痛快な小説。設定はかなり複雑。利害の絡み合う様々な勢力が登場する。設定が複雑だと、普通は痛快なカタルシスは生まれにくい。ここでそれが両立しているのは、主要な登場人物たちの行動原理、つまり目的とそれをどのような手段で実現しようとするか、がはっきりしているから、物語を前に進める疾走感のようなもの、ベクトル感覚が途切れないからであろう。また、個性的とは言えない、むしろ類型的な性格の登場人物たちが妙に愛おしいのも同じ理由と思われる。そしてボーイミーツガール。
科学技術から見ると時代は近未来だが、社会の変わり方から見ると、案外、科学技術が停滞した遠い未来かもしれない。日本という国は存在しないか、非常に力が弱くなっており、県や市が独立国家のようになっている。警察には、越境者を見張る警備隊もある。舞台となる見幸市は、生命工学と情報技術を独占する大企業・佐久間種苗に支配され、隣接する叶県と敵対状態にある。
佐久間種苗を襲った大規模テロを捜査するため、見幸警察の来未由(クルミヨシ)は、新技術ABID(アブイド)によって、死者の脳を走査し事件の様子を調査する。一方、高層に住む貧しい少女コチは、所属する電機連合組合に命じられ、テロに巻き込まれた組合員の遺体からある記憶装置を回収する。記憶装置はいくつもの勢力が奪い合っており、コチの逃亡が始まる。
途中でコチが逃げ込んだ廃墟化した工場地域の人工知能群が面白い。形式上工場は閉鎖廃棄されているのだが、人工知能たちは何とか屁理屈をつけて、無理やり、そしてこっそりと工場を稼働させ続けているのだ。彼らの目的は利益を上げることではなく、工場を稼働させ続けることなのである。
登場人物の多くが家族を喪失していることに気づく。それが、彼らの行動や心理に大きく影響している。そうすると、この作品におけるボーイミーツガールとは、家族の再構築の機会ということになる。
科学技術から見ると時代は近未来だが、社会の変わり方から見ると、案外、科学技術が停滞した遠い未来かもしれない。日本という国は存在しないか、非常に力が弱くなっており、県や市が独立国家のようになっている。警察には、越境者を見張る警備隊もある。舞台となる見幸市は、生命工学と情報技術を独占する大企業・佐久間種苗に支配され、隣接する叶県と敵対状態にある。
佐久間種苗を襲った大規模テロを捜査するため、見幸警察の来未由(クルミヨシ)は、新技術ABID(アブイド)によって、死者の脳を走査し事件の様子を調査する。一方、高層に住む貧しい少女コチは、所属する電機連合組合に命じられ、テロに巻き込まれた組合員の遺体からある記憶装置を回収する。記憶装置はいくつもの勢力が奪い合っており、コチの逃亡が始まる。
途中でコチが逃げ込んだ廃墟化した工場地域の人工知能群が面白い。形式上工場は閉鎖廃棄されているのだが、人工知能たちは何とか屁理屈をつけて、無理やり、そしてこっそりと工場を稼働させ続けているのだ。彼らの目的は利益を上げることではなく、工場を稼働させ続けることなのである。
登場人物の多くが家族を喪失していることに気づく。それが、彼らの行動や心理に大きく影響している。そうすると、この作品におけるボーイミーツガールとは、家族の再構築の機会ということになる。
エディ・ロブソン著『人類の知らない言葉』 ― 2024年06月10日 21:48
長編。SFミステリー。舞台は人類が異性文明ロジアと交流している近未来。主人公はテレパシーを用いて会話するロジ人の通訳を務める女性リディア。ある日、リディアが担当するロジ人の文化担当官フィッツが何者かに殺されてしまう。容疑者にされたリディアは、頭の中で聞こえる、死んだはずのフィッツの声に導かれて真犯人を探し始める。
文章が良い。主人公視点の三人称で語られるが、全体にユーモラスな雰囲気が漂う。原文が良いのか、翻訳が良いのかは判らぬが、おそらく両方であろう。
リディアは、ロジ人の言葉が聞き取れる以外には特別なところのない親しみの持てる人物。悪人ではないが善良すぎも正直すぎもしない。
ミステリーは読まないので、その方向でどのくらい面白いのかはよく判らないが、それまで積み上げてきた推理が中盤を過ぎてからひっくり返されるところはなかなかカタルシスがある。
軽く読めるエンターテインメントとして優れていると思うが、『人類の知らない言葉』という邦題は重厚に過ぎて、思弁的な作品と誤解させかねない。
文章が良い。主人公視点の三人称で語られるが、全体にユーモラスな雰囲気が漂う。原文が良いのか、翻訳が良いのかは判らぬが、おそらく両方であろう。
リディアは、ロジ人の言葉が聞き取れる以外には特別なところのない親しみの持てる人物。悪人ではないが善良すぎも正直すぎもしない。
ミステリーは読まないので、その方向でどのくらい面白いのかはよく判らないが、それまで積み上げてきた推理が中盤を過ぎてからひっくり返されるところはなかなかカタルシスがある。
軽く読めるエンターテインメントとして優れていると思うが、『人類の知らない言葉』という邦題は重厚に過ぎて、思弁的な作品と誤解させかねない。
小川楽喜著『標本作家』 ― 2024年06月14日 21:22
第十回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作品。八十万年後の遠未来。人類はすでに滅び去り、知的種族「玲伎種」が地球を支配している。玲伎種がどんな奴らなのかはほとんど説明がなく良く判らない。判るのはほとんど万能ともいえる超技術を持つということだけである。玲伎種は(たぶん)人間を研究するため、様々な時代の様々な分野の作家たちを蘇らせ、不死を与えて永遠の創作活動を行わせていた。作家たちはそれぞれに行き詰まりを感じている。そりゃあ、何万年も書き続けていれば当然書くことはなくなってくるだろう。その中で、それぞれの作家たちが何を書くのか、どう書くのか、そしてなぜ書くのかに思い悩む。登場する作家たちには実在のモデルがあり、読者にはそれが誰かすぐに判るようになっている。
こういう「俺はメタフィクションだっ」と主張している作品は久しぶりに読んだ気がする。玲伎種の力で、作家たちのイメージが実現していく幻想の描写が俺には最も面白かった。惜しむらくは、主要な登場人物たちの中で唯一作家ではない語り手の「読むことによって人間を理解したい」という飢餓感にも近い切実さが、俺には感覚(クオリア)的に共感できなかった。これは、著者と俺の文学観の違いが影響しているかな、と思った。
こういう「俺はメタフィクションだっ」と主張している作品は久しぶりに読んだ気がする。玲伎種の力で、作家たちのイメージが実現していく幻想の描写が俺には最も面白かった。惜しむらくは、主要な登場人物たちの中で唯一作家ではない語り手の「読むことによって人間を理解したい」という飢餓感にも近い切実さが、俺には感覚(クオリア)的に共感できなかった。これは、著者と俺の文学観の違いが影響しているかな、と思った。
フランチェスカ・T・バルビニ&フランチェスコ・ヴァルソ編『ノヴァ・ヘラス ギリシャSF傑作選』 ― 2024年06月17日 22:39
日本でも昔はそうだったが、ギリシアでも最近までSFはチルドレンカルチャーだと思われていたらしい。それに対する反動か、あるいは編者の方針なのか、エンターテインメント的なものより、社会的な主題を扱ったものや純文学的なものが選ばれている。ギリシャやアテネの未来を描いたディストピア的なものが多い。ケン・リュウが紹介する中国SFもそうだが、後発国だからといって未熟な感じはない。
俺が一番好きなのはSFというよりも不条理文学だが、ナタリア・テオドリドゥ「アンドロイド娼婦は涙を流せない」である。舞台は近未来の抑圧社会で政府への批判は厳しく統制されている。特に殺戮、拷問、死などは人目に触れないように隠蔽されている。にもかかわらず、都市の中には「虐殺市場」と呼ばれる場所があり、虐殺や拷問の写真、死体そのものなどが売買されている。それは、抵抗勢力の活動だとも、政府のガス抜き政策だとも噂されている。主人公の女性ジャーナリストは、いかがわしげな男と一人のアンドロイド娼婦を案内として、虐殺市場への潜入を試みる。アンドロイド娼婦の皮膚に発生する「真珠層」のイメージが妖しくてよい。
俺が一番好きなのはSFというよりも不条理文学だが、ナタリア・テオドリドゥ「アンドロイド娼婦は涙を流せない」である。舞台は近未来の抑圧社会で政府への批判は厳しく統制されている。特に殺戮、拷問、死などは人目に触れないように隠蔽されている。にもかかわらず、都市の中には「虐殺市場」と呼ばれる場所があり、虐殺や拷問の写真、死体そのものなどが売買されている。それは、抵抗勢力の活動だとも、政府のガス抜き政策だとも噂されている。主人公の女性ジャーナリストは、いかがわしげな男と一人のアンドロイド娼婦を案内として、虐殺市場への潜入を試みる。アンドロイド娼婦の皮膚に発生する「真珠層」のイメージが妖しくてよい。
川端裕人著『ドードー鳥と孤独鳥』 ― 2024年06月21日 22:13
環と景那は小学四年生の時に出会う。二人の遊び場は、房総半島の山と海に挟まれた小さな谷間「百々谷」だった。二人は絶滅動物に関心が深く、それぞれをドードー鳥と孤独鳥になぞらえていた。景那の転校で二人は別れ連絡も途絶えたが、それぞれに絶滅動物との関わりを深めていた。環はジャーナリストとして、景那は研究者として。二人は必然のようにして再会する。
環のドードー鳥と孤独鳥を中心とした絶滅動物への取材活動を辿りながら、近現代に人類との関わりで幾種類もの動物たちが絶滅していった経緯や、歴史資料の発見や分析、更にはDNA解読などの科学研究の現状なども含む総合的な「現代絶滅動物誌」が展開されていく。
梨木香歩が好みそうな話だな、と思う。
環のドードー鳥と孤独鳥を中心とした絶滅動物への取材活動を辿りながら、近現代に人類との関わりで幾種類もの動物たちが絶滅していった経緯や、歴史資料の発見や分析、更にはDNA解読などの科学研究の現状なども含む総合的な「現代絶滅動物誌」が展開されていく。
梨木香歩が好みそうな話だな、と思う。
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