中沢新一著『悪党的思考』2024年03月13日 21:55

 日本の歴史を「自然とともに暮らし多様性を本質とする「滑らかな空間」の住人である川の民、海の民、山の民」と「農耕地や都市などで暮らし画一性を本質とする「仕切られた空間」の住人」との確執と、それらの権力との関係から捉えようとするエッセイ集。全体に著者の叔父である網野善彦の影が濃い。
 「「キヨメ」はちりやあくたや、はいせつ物や死体を、すみやかに社会空間の外部に運び出す。それによって、社会空間は清浄にたもたれ、そのなかで均質化された記号でできた象徴の体系が円滑に作動しだす。社会空間は境界領域を、この「キヨメ」の行為をとおしてみえなくしてしまおうとするのだ。その意味では、「キヨメ」の仕事は、ひとつの世界の象徴機能がうまく作動していくために、欠かせないものとなる。ところが、それによって「キヨメ」の仕事にたずさわる人々の、社会の中での位置はきわめて微妙なものになっていく。彼らは象徴機能とその外部との両方にまたがって生きることになるからだ。彼らの仕事があってはじめて、社会の象徴機能は働きだすことができる。しかし、彼らはそのとき排除されるものといっしょに、象徴機能の外部にも触れることになるからだ。「キヨメ」は象徴というものが生まれでてくる、その境界面に起る事態を掌握している。そしてまさにそのことによって、社会の内側にいる人びとにとって、いかがわしさや危険をはらんだ人々のように思われるようになる」(p.59「歴史のボヘミアン理論へ」)。
 「彼ら(職人)は自然の素材に取り組む。しかし、彼らの「技芸」は自然の自然的なプロセスが決してあらわにしないような、その本質をあらわなものとしてひきだしてくるのだ。自然に素手で取り組みながら、けっして自然的とはいえないやりかたで、かくれた本質を顕在化させる」(p.64「歴史のボヘミアン理論へ」)。
 「「職人」が宗教者とごく近い場所に位置づけられたり、宗教者そのものが「職人」と呼ばれていたことの理由も、たぶんこのあたりにある。宗教者は程度のちがいこそあれ、ほうっておいたらいつまでもあらわれてはこない世界の奥底にかくれている真理を、あらわなものにもたらす仕事にかかわっている人々だ」(p.68「歴史のボヘミアン理論へ」)。
 「私の考えでは、宗教というのは、人間現象の「底部」に、なんらかの形で「穴」がうがたれ、そこから社会的に価値があるものとされているものとは異質な何かが、人間の内部に侵入や出入りをくりかえすときに発生する現象なのである。人間現象の「底部」から侵入をくりかえすその「何か」を、たんなる異常とみなすような社会では、それは宗教とは呼ばれずに、病理としてのとりあつかいを受ける。あるいは、宗教現象そのものが、異常で変態的なものとして、扱われることになる。ところが、「バクティ(宗教的な没入)」的なものへの感覚を失っていない社会では、人間の内部への、その異質なるものの侵入こそが、その人間がたんなる人間であることを越えて、神的な真理に近づいたことの証であるものとして、高い価値をあたえられることになる」(p.382「解説----その後の悪党的思考」)。
 「それまでの時代、おそらくは縄文と呼ばれる時代以来ずっと、「富」は見えるものと見えないものの境界面、人間の世界に存在しているものとそうではなくて神や仏の世界に属しているものとの境界面に発生する、ひとつのパッセージ(過ぎ越すこと)を内部にはらんだ現象としてとらえられてきた。人々はさまざまな労働をとおして、自然の見えない世界の内部から、その境界面をとおして、何ものかを、「富」としてとりだしてくる。そして、そのとりだしの技にたくみな者を、「職人」と総称した。「富」には、ひとつのパッセージのしるしが、きざまれている。「富」が人間の世界に出現するたびに、そこでは人間にとっての異質の領域からの、力にみちた「なにもの」かの侵入や通過がはたされるのだ。/ところが、貨幣はそのパッセージのプロセスを、凍結してしまう力をもっている」(p.384「解説----その後の悪党的思考」)。
 「権力の根拠は、すでに死んでこの世にはいない先祖の王たちや、存在の世界をおびやかす死の領域にひそむ魔的な力とのつながりで、とらえられていたのだ。古代と中世の天皇制は、権力の根拠を、そのような死とのつながりのもとで、維持してきた。ところが、日本史に発生した切断は、すべてのものを、すでに存在し、これからも存在しつづけるものの確かさとして思考するような、精神の変化をもたらすようになったのである。そのために、権力者は、みずからの権力の根拠を、いままでとはちがうところにみいださなくてはならなくなった」(p.385「解説----その後の悪党的思考」)。

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