倉田タカシ著『あなたは月面に倒れている』2024年03月28日 22:59

 短編集。ほとんどはアンソロジーなどで既読の作品だが、何度読んでも面白い。全般にシュール感不条理感が漂うが、文章はユーモラスでエンターテインメントに踏み止まる。言葉が通じているのかどうかよく判らないコミュニケーション困難な相手、というのも目立つ。作者も自覚していて、あとがきで「本書の収録作品は、だいたいどれもある種のエイリアンについての作品であるといえるかもしれません」(p.375)と言っている。
 「二本の足で」は、スパムメールの延長線上にある詐欺ロボットが徘徊する近未来の日本が舞台。主人公たちは、人体をAIが乗っ取っていると思われる新種のスパムに遭遇する。スパムとの噛み合わない会話が主筋だが、日本の移民問題や、心を持つAIなど、様々な主題が展開される。最初にアンソロジーで読んだときは、詰め込みすぎじゃないの、と思ったが、今読むとそのカオスっぷりが面白い。
 「おうち」は、寿命が延びて高知能化し、言葉をしゃべるようになった猫がいる世界。確かに猫たちは言葉らしきものを話すのだが、ほとんど何を言っているのか判らない。
 「あなたは月面に倒れている」は、記憶をなくした主人公が月面で倒れた状態で目覚めるところから始まる。異性の知性体と思われる存在との会話で進む形式。その異星人のしゃべることが全くナンセンス。明らかに出鱈目な話を延々と続けていく。
 「あるクレーターの底に、強力な磁場を発生させる機械的な被造物を埋没させ、それを発見できるだけの技術をもつ知性体があらわれたらにわとりのような声を発する、という設定のフィクションが、かつてこの衛星がめぐっている惑星の文明圏に存在したことを、わたしは観察によって知っています」(p.294)。
 滅茶苦茶である。念のために言っておくと俺は褒めている。
 「生首」も滅茶苦茶。主人公の周辺で生首が落ちる。屋内でも落ちる。どこから落ちてくるのかはわからない。落ちた音のした方を探すと生首と目が合うが、目を逸らすと消えてしまう。やがて主人公は念じることによって自在に生首を落とせるようになる。という主筋もめちゃくちゃだが、主筋からそれていく主人公の妄想も常軌を逸している。
 「おばあさんしか資格を持っていない、宿業を初期化するための特殊な手続きがある。これを施してもらわなければ、春があるほうの死後の国にいけない。生首がそういうふうに考えているのはわかるけれど、まだおばあさんが生まれてすらいない、いまの時点では、どうしようもない」(p.333)。
 何が何だか判らない。念を押すまでもないだろうが俺は褒めている。
 圧倒的に大好き。

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