アイリス・オーウェンス著『アフター・クロード』2022年11月01日 21:43

2022年 8月 5日読了。
 長編。1973年刊行。主人公はニューヨークで暮らす、明らかに自己愛性パーソナリティ障害の若い女性、ハリエット。自分は特別に優れていると信じ込んでおり、周囲に対して傲慢に振る舞う。承認欲求が強く、自分に対する共感を強く求めるが、感情においても理屈においてもひどく身勝手で誰からも共感を得られない。そのために常に苛立ち、憤っている。
 自分が間違っていると絶対に認めず、自分に都合よく現実を歪めて認識し、半ば以上それが本当だと信じている。他者にその身勝手な理屈を納得させようとするが、相手にとっては一方的な不平不満にしか聞こえないし、事実その通りである。「自分のまっとうな言い分」を理解できない相手に対して苛立ちを増して攻撃的に罵ったりする。
 当然相手は怒る。よく聞くと、ハリエットの言うことの中には、相手に対する的を射た分析もある。クロードが家のないハリエットを同居させたのはセックスが目的だったし、元親友のローダ=レジーナは体が大きいことを気にしていたし、幼馴染のマキシーンが介入してくるのは親切心ばかりではなく下世話な好奇心も大きい。それが当たっているだけに、相手の怒りはますます大きくなる。
 ハリエットの自己を正当化するための滅茶苦茶な言説が、読みどころの一つ。また、彼女の一人称で語られる文章の歪んだレトリックも非常に面白い。
 「あたしがシュパンダウ戦犯刑務所で目を覚ますルドルフ・ヘスだということだけは確かだった。弁護士の主張どおりヘスが狂っていて被害妄想狂なら、起きたらあたしになっていたことほど最悪なことはないだろう」(p.161)。
 何しろハリエットの小気味よいほどの身勝手さとそれを正当化する奇怪な理屈が楽しい。その攻撃性はなんというか怪獣的である。個人的には、彼女が周囲を巻き込みながら派手に破滅していく展開を期待したが、そうはならなかった。

ヒュー・ロフティング著『ドリトル先生のキャラバン』2022年11月02日 21:36

2022年 8月 9日読了。
 サーカス団長となったドリトル先生は、名歌手のカナリア、ピピネラに出会い、動物のオペラを企画し、ロンドンで講演して大成功を収める。十分な収入を得たドリトル・サーカスは解散して、パドルビーへと帰っていく。大筋では大きな葛藤もなく成功を収めるのでドラマ性はない。面白いのは端々のエピソードである。カナリア歌手ピピネラの波乱万丈の半生とか、動物たちを劣悪な環境で飼育する動物屋を懲らしめるだとか。
 登場人物(動物)では、ピピネラの数々の困難に遭いながらも凛とした態度も格好良いが、相変わらずの、豚のガブガブの食いしん坊が愛らしく、ドリトル先生の世話を焼き、心配し、ピドルビーを懐かしむアヒルのダブダブの健気さが泣かせる。

ヒュー・ロフティング著『ドリトル先生の楽しい家』2022年11月03日 21:56

2022年 9月14日読了。
 短編集。長編同様断片的な挿話の積み重ねで構築性はあまりなく、前後を入れ替えても話が通じるようなものが多い。子供向けの話としては欠点ではあるまい。
 「船乗り犬」と「虫ものがたり」は犬やウジ虫が船に乗って冒険の旅をする話。ロフティングは船の冒険物語が好きらしいが、今の子供も船旅にそういう浪漫を感じるだろうか。
 短い作品だが、スラプスティック調の「犬の救急車」が俺は好きである。また、人間の不合理な迷信のために災難に遭っているツバメを先生が救う「あおむねツバメ」もカタルシスがある。どうも俺は「愚かな人間が動物にやっつけられる」話が好きである。

谷川俊太郎訳・鷲津名都江編『よりぬきマザーグース』2022年11月04日 21:45

2022年 9月15日読了。
 言わずと知れたイギリス伝承童謡集。編者の鷲津名都江は元童謡歌手の小鳩くるみのこと。俺の趣味で、意味や教訓のあるものよりナンセンスなものの方が面白いが、最初からナンセンスを目指したのではなく、押韻や駄洒落、地口、語呂合わせなど、音の並びの面白さを優先して作詞しているうちにナンセンスになったような感じが良い。まったくシュールなもの、意味もなく残酷なものなど大好きである。

谷川俊太郎/川崎洋編訳『木はえらい イギリス子ども詩集』2022年11月05日 21:55

2022年 9月16日読了。
 「子ども詩集」とあるから、子供が作った詩なのかと思ったら、大人が作った子供向けの詩集だった。子供の素直な心情を描いたものもあるが、子供から見た大人の身勝手さを描いたものも目立つ。イギリス人らしい皮肉さかなとも思うが、子供は案外大人のことをよく見ているものであり、理不尽さにも気づいている。学校で読むと子供は大喜びするそうだが、当然であろう。判りやすく大人が読んでも楽しいが、所謂「詩情」を感じる作品は少ない。妙に感傷的なのよりはずっと良いが。