篠田節子著『失われた岬』2022年10月01日 21:53

2022年 4月30日読了。
 長編。それまで普通の暮らしをしていた人が、徐々にあらゆる欲望を失っていき、必要なもの以外は持たず、極端に質素な食事をし始める。やがてその人は消息を絶ってしまう。家族や知り合いが調べると、道もなく近づくことの困難な北海道の小さな岬に移り住み、世捨て人のような暮らしをしているらしい。それを知った人々は、カルト宗教のようなものに入信したのではないかと疑う。一方、その岬の世捨て人に二十年ぶりにあった家族は、その人が全く年を取っていない様子なので驚く。岬には不老不死の薬のようなものがあるのではないかと示唆される。
 岬に消えた人々は拉致されたわけでもなく、財産を奪われるわけでもなく、自らの意志でそうしているので事件性はなく、警察などは動かず、家族や知り合い以外の人以外が問題にすることもなかった。ところが、ノーベル文学賞を受賞した作家がその岬に入ったことによって、事態は大きく動き始める。
 岬で起きたことや人々の生活が、周囲の人々の調査によって少しずつ明らかになっていく過程が主筋である。明治以前からその岬近くに住んでいた先住民から太平洋戦争を経て近未来へと物語は進む。
 欲望を消して世捨て人となり、生も死も成り行きとして受け入れていく消極的な岬の人々の生き方を、「穏やかで悩みのない理想的な生き方」とする見方と「文明を否定し楽しみを否定する意味のない生き方」とする見方が対立的に描かれる。
 そして、主筋の背後で進行している、環境破壊や日本にも迫る国際紛争がディストピア的に描かれていく。少しずつしかし確実に悪くなっていく世界に対して、日本人はベイトソンの茹でガエル的に順応してしまっている。世界に対して全く良い影響を与えられない人類に苛立ちが募る内容。

伴名練編『日本SFの臨界点 新城カズマ 月を買った御婦人』2022年10月02日 22:52

2022年 5月 5日読了。
 伴名練編による新城カズマ傑作選。バーチャル世界や、ベーシックインカムなど、壮大な主題を扱いながら、どの作品も読後感はやや軽い。著者のライトノベルへのこだわりが関係あるだろうか。ピアノ系のユーチューバーに「よみぃ」という人がいるのだが、俺はこの人を見ていると「何でもできちゃうから却って何をやっていいのか判らなくなっているのではないか」と思うのだが、新城カズマにも何だか似た印象を持った。俺にはちょっとセンチメンタルすぎる処もあるが「雨ふりマージ」が好きだ。

伴名練編『日本SFの臨界点 中井紀夫 山の上の交響楽』2022年10月03日 21:53

2022年 5月 8日読了。
 伴名練編による傑作集。「山の上の交響楽」と「見果てぬ風」は何度読んでも傑作。どちらもボルヘスを連想させる奇想小説だが、意外にも主題は「時空の無限と人生の有限」という古典的普遍的なものである。その葛藤の解決は形式的には「乗り越えるのではなく受け入れる」のだが、妥協や諦めではなく、かといって積極的に受け入れるのでもなく、「無理をせず肩の力を抜いてはいるが、葛藤はやめていない」感じで終わる。深刻にならない緩い葛藤が妙に心地よい。初めて読んだ作品では「神々の将棋盤」がひときわ奇天烈で楽しかった。

宮内悠介他著『想像見聞録 Voyage(ボヤージュ)』2022年10月04日 23:27

2022年 5月 9日読了。
 旅を主題にしたアンソロジー。書名や顔ぶれ、カバーのイラストなどから『見えない都市』のような奇想的な内容を予想したが、まったく幻想やSFの要素を持たない作品もある。あんまりハッピーな結末の作品はない。小川哲「ちょっとした奇跡」と石川宗生「シャカシャカ」ははっきりと滅びを描いている。いつもは楽観的な藤井太洋の「月の高さ」も愁いを含んで見える。ウクライナの戦争が始まる前に書かれた作品ばかりだが、希望が持てない内容なのは、時代を反映しているのかもしれない。好きというのとは違うが、森晶麿「グレーテルの帰還」の心理サスペンスが強い印象を残す。

筒井康隆著『ジャックポット』2022年10月05日 23:20

2022年 5月11日読了。
 短編集。再読。全体に現在の世の中を嫌い、悲観的。滅びを予感と言うよりほぼ確信している。諦めているのだが、そこに「滅びゆく人類に対する哀惜」のような情緒はない。妙に元気である。かといって、俺が「元気な絶望」と呼んでいる米文学によく見られる虚無感をともなう陽気さとも違っている。「ここが馬鹿、あそこが馬鹿、お前らみんな馬鹿」と口を極めて罵っているのだが、そこにいくばくかの愛情も感じてしまうのは俺の読み違いか。
 まあ「世の中はどんどん悪くなっていくけど、俺はどうせもうすぐ死ぬもんね」という老人特有の無責任さがあることも事実ではあろう。その証拠に全般にノスタルジーが満ちている。若者から希望を摘み取ってやろうという、悪意ある一冊なのだが、その悪意が陽性で陰湿さがないのである。もはや若者ではなく、かといって老人でもない世代の俺は困惑気味の苦笑を浮かべるばかりである。