フアン・ホセ・アレオラ著『共謀綺談』 ― 2021年12月01日 21:39
19年12月 3日読了。
著者はメキシコの作家。世代としてはマルケスとフエンテスの間。二頁ほどの短い物を含む短編集である。詩的なものや、キリスト教に関する隠喩に満ちていて何が書いてあるのか判らぬもの、当時のメキシコの状況を諷刺したものなどがあり、今となっては理解するのが難しいものも多い。もちろん俺の頭が悪いせいもある。
その中で俺が好きなのは「転轍手」「弾道学について」「評判」「下手な修理をした靴職人への手紙」などの喜劇である。これらは現代でもそのまま通用する。喜劇の一つの形式がこの時代すでに完成していた事が判る。「転轍手」では、ある国の鉄道事情の未完成さ、と言うより出鱈目さが語られている。見知らぬ未開地で降ろされた乗客が、どこへも行く事ができずにその地に新しい集落を作った、などという目茶苦茶なエピソードがある。
その他には、人知れず神秘体験をして、宗教的な啓示を受けた男が、しかしそのまま誰にも知られずに死んでいく「パブロ」などが面白い。
著者はメキシコの作家。世代としてはマルケスとフエンテスの間。二頁ほどの短い物を含む短編集である。詩的なものや、キリスト教に関する隠喩に満ちていて何が書いてあるのか判らぬもの、当時のメキシコの状況を諷刺したものなどがあり、今となっては理解するのが難しいものも多い。もちろん俺の頭が悪いせいもある。
その中で俺が好きなのは「転轍手」「弾道学について」「評判」「下手な修理をした靴職人への手紙」などの喜劇である。これらは現代でもそのまま通用する。喜劇の一つの形式がこの時代すでに完成していた事が判る。「転轍手」では、ある国の鉄道事情の未完成さ、と言うより出鱈目さが語られている。見知らぬ未開地で降ろされた乗客が、どこへも行く事ができずにその地に新しい集落を作った、などという目茶苦茶なエピソードがある。
その他には、人知れず神秘体験をして、宗教的な啓示を受けた男が、しかしそのまま誰にも知られずに死んでいく「パブロ」などが面白い。
ジョゼ・ルイス・ペイショット著『ガルヴェイアスの犬』 ― 2021年12月02日 21:36
19年12月 6日読了。
この作品で一番面白いのは、一つ一つの人物や出来事はさして魅力があるとは思われないのに、「全体の関係性」の中に何か愛らしさのような、一人の人格に対して感ずるような魅力が立ち現れて来る処である。著者はポルトガル人。長編だが、エピソードを積み重ねる連作短編のような構成。
一九八四年(オーウェル!)の一月、ポルトガルの田舎の村に大きな隕石が落下し、村全体に硫黄の異臭を漂わせる。当初、異臭は村人を苦しませ困惑させるが、やがて村人達は慣れしまいそれを意識しなくなる。しかし犬達は忘れなかった。
冒頭の、隕石の落下という出来事の非日常性に対して、その後に起こる出来事は日常的、少なくとも天変地異や神秘とは無縁の出来事である。登場する村人も、何十年も兄を強く憎み続けている弟、バイクを愛する若者たち、若い女性に恋する老人、パン屋と売春酒場を営む外国人、アルコール中毒の神父、そして犬達といった、我々の身近にも居そうな人達ばかりなのである。
そのため理解しやすいが、その分刺激は少ない。しかし読み進んでいくと、それぞれのエピソードに登場する人物や犬達が少しずつ重なり合い、出来事も繋がっているので、全体の関係性のような物が見えて来る。そうすると不思議な物で、村全体に対する愛着のような物が、読んでいる俺の中に生まれて来るのである。
一つの場所や同じ人間関係を舞台にした連作的な作品は多いが、こういう感覚はなかなか生まれない。ただ『同時代ゲーム』に比べると、ダイナミズムに劣る。あれと比べちゃ可哀想か。
現代文学には珍しく、結末に希望と言うか前向きな感じが在って、元気が出る。悪くない後味である。
この作品で一番面白いのは、一つ一つの人物や出来事はさして魅力があるとは思われないのに、「全体の関係性」の中に何か愛らしさのような、一人の人格に対して感ずるような魅力が立ち現れて来る処である。著者はポルトガル人。長編だが、エピソードを積み重ねる連作短編のような構成。
一九八四年(オーウェル!)の一月、ポルトガルの田舎の村に大きな隕石が落下し、村全体に硫黄の異臭を漂わせる。当初、異臭は村人を苦しませ困惑させるが、やがて村人達は慣れしまいそれを意識しなくなる。しかし犬達は忘れなかった。
冒頭の、隕石の落下という出来事の非日常性に対して、その後に起こる出来事は日常的、少なくとも天変地異や神秘とは無縁の出来事である。登場する村人も、何十年も兄を強く憎み続けている弟、バイクを愛する若者たち、若い女性に恋する老人、パン屋と売春酒場を営む外国人、アルコール中毒の神父、そして犬達といった、我々の身近にも居そうな人達ばかりなのである。
そのため理解しやすいが、その分刺激は少ない。しかし読み進んでいくと、それぞれのエピソードに登場する人物や犬達が少しずつ重なり合い、出来事も繋がっているので、全体の関係性のような物が見えて来る。そうすると不思議な物で、村全体に対する愛着のような物が、読んでいる俺の中に生まれて来るのである。
一つの場所や同じ人間関係を舞台にした連作的な作品は多いが、こういう感覚はなかなか生まれない。ただ『同時代ゲーム』に比べると、ダイナミズムに劣る。あれと比べちゃ可哀想か。
現代文学には珍しく、結末に希望と言うか前向きな感じが在って、元気が出る。悪くない後味である。
アストリッド・リンドグレーン著『カッレくんの冒険』 ― 2021年12月03日 21:25
19年12月 8日読了。
リンドグレーンの描く子供はいつもなんと活き活きしている事か。いつも元気なエーヴァ・ロッタが、現実の殺人事件に遭遇してひどいショックを受ける処、そして「もう一五にもなった気がする」と言っていたエーヴァが、二日もすると元気に戦争ごっこに復帰する処など、子供の心情がリアルに描かれている。
アンデスがカッレを名探偵と疑わないのに対して、カッレ自身は探偵ごっこと現実の事件をはっきり分けて考えている処は、子供は案外現実と空想を区別しているものだという事が表れている。子供たちは戦争ごっこと本当の戦争を混同することはない。
カッレくんの推理の架空の聞き手という、カッレくんの頭の中だけに居る知り合いも、空想好きな子供だった人には多いに共感できるであろう。
「読書メーター」に『ピッピ』が苦手という人が複数居て驚く。俺はリンドグレーンの中で『ピッピ』が一番好きなのである。
リンドグレーンの描く子供はいつもなんと活き活きしている事か。いつも元気なエーヴァ・ロッタが、現実の殺人事件に遭遇してひどいショックを受ける処、そして「もう一五にもなった気がする」と言っていたエーヴァが、二日もすると元気に戦争ごっこに復帰する処など、子供の心情がリアルに描かれている。
アンデスがカッレを名探偵と疑わないのに対して、カッレ自身は探偵ごっこと現実の事件をはっきり分けて考えている処は、子供は案外現実と空想を区別しているものだという事が表れている。子供たちは戦争ごっこと本当の戦争を混同することはない。
カッレくんの推理の架空の聞き手という、カッレくんの頭の中だけに居る知り合いも、空想好きな子供だった人には多いに共感できるであろう。
「読書メーター」に『ピッピ』が苦手という人が複数居て驚く。俺はリンドグレーンの中で『ピッピ』が一番好きなのである。
アストリッド・リンドグレーン著『名探偵カッレとスパイ団』 ― 2021年12月04日 21:38
19年12月 9日読了。
今回はスパイ団に誘拐された教授とその息子を救い出す。結構間抜けなスパイ団なのだが、子供たちとの攻防戦を繰り広げるにはそうでなくてはバランスがとれないだろう。比較的シリアスだった前巻と比べるとずいぶんコミカルな印象。
ネットで感想を読むと「十三歳にしては遊びが子供っぽいのではないか」というような意見もある。しかし、子供たちの発するジョークは時々はっとするほど洒落ている。この巻ではのっけから「『ぼくたち、ここにはいないよ。』とカッレはまじめくさって返事をした。『いないんだけど、いるようなふりをしているだけなんだ。』」である。こんな洒落たことが言える大人がどれだけ居るか。
リンドグレーンの小説の中にもよく出てくるが、子供を見て幼稚だと思う大人は、自分がどれほど幼稚か気付いていないのである。
今回はスパイ団に誘拐された教授とその息子を救い出す。結構間抜けなスパイ団なのだが、子供たちとの攻防戦を繰り広げるにはそうでなくてはバランスがとれないだろう。比較的シリアスだった前巻と比べるとずいぶんコミカルな印象。
ネットで感想を読むと「十三歳にしては遊びが子供っぽいのではないか」というような意見もある。しかし、子供たちの発するジョークは時々はっとするほど洒落ている。この巻ではのっけから「『ぼくたち、ここにはいないよ。』とカッレはまじめくさって返事をした。『いないんだけど、いるようなふりをしているだけなんだ。』」である。こんな洒落たことが言える大人がどれだけ居るか。
リンドグレーンの小説の中にもよく出てくるが、子供を見て幼稚だと思う大人は、自分がどれほど幼稚か気付いていないのである。
イタロ・カルヴィーノ著『最後に鴉がやってくる』 ― 2021年12月05日 22:01
19年12月11日読了。
イタロ・カルヴィーノの最初の短編集。イタリアの戦中を描いた作品と戦後を描いた作品に大きく分かれる。戦中を描いた作品は、貧しい村や先行きの見えないパルチザンを描いたものがほとんどで、ひどく閉塞的。戦後を描いた作品も、風刺的な作品やひどく皮肉な作品ばかりだが、少なくとも某かのカタルシスはあり、ブラックながらユーモアも感じられる。
男と女、定住者と流れ者、父と子、地主と小作、兵士と村人など、立場の違う者同士でコミュニケーションの成立しない事を描いた物が目立つ。カフカとは異なる「現実という不条理」が描かれている。まあ、カフカにとってはあれが現実だったのだろうが。
イタロ・カルヴィーノの最初の短編集。イタリアの戦中を描いた作品と戦後を描いた作品に大きく分かれる。戦中を描いた作品は、貧しい村や先行きの見えないパルチザンを描いたものがほとんどで、ひどく閉塞的。戦後を描いた作品も、風刺的な作品やひどく皮肉な作品ばかりだが、少なくとも某かのカタルシスはあり、ブラックながらユーモアも感じられる。
男と女、定住者と流れ者、父と子、地主と小作、兵士と村人など、立場の違う者同士でコミュニケーションの成立しない事を描いた物が目立つ。カフカとは異なる「現実という不条理」が描かれている。まあ、カフカにとってはあれが現実だったのだろうが。
最近のコメント