筒井康隆著『カーテンコール』2024年04月02日 22:27

 掌編集。筒井康隆だから言語実験的な要素はあるのだが、それを前面に押し出したものは少なく、シュールなコントのような作品が目立つ。コントというのは貶しているのではない。筒井康隆としては例外的といってもいいほど平易で読みやすい文章の作品ばかりなのでどんどん読めてしまうが、我慢してゆっくり味わいたい。「本質」の最後の一行「「だって」と息子が言う。「あの人たち、アホでしょう」」(p.63)など、にやついてしまう。

ヘレン・ビルチャー著『生命の時間図鑑 グラフで見る動植物の体内時計』2024年04月01日 22:15

 生物と時間にかんする解説書。対象年齢はよく判らないが子供向け。着想はすごく良い。しかし残念ながら、珍しい動物の生態とランキングの断片的な紹介に終始していて、内容に体系性がない。細胞、固体、種、生態系、進化のそれぞれにおける時間の持つ意味を考え、生物と時間にかんして共通性と多様性を見渡せるような内容になっていれば、名著になったであろう。惜しかった。文章はひどい。内容は難しくないのに判りにくい文章が多い。原文が悪いのか翻訳が悪いのか判らないが、おそらく両方であろう。それから第五章のヘッダーが間違っているのはあり得ない編集ミス。

クリストファー・ロイド著『138億年のものがたり 宇宙と地球のこれまでに起きたこと全史』2024年03月31日 22:41

 子供向けの宇宙の始まりから現在までの歴史の解説書。意欲は素晴らしいが、人類文明の歴史が全15章のうちの10章を占めていてバランスが悪い。特に生命進化の歴史にはもっと紙数を使うべきであろう。しかしながら、子供向けではあるが、あるいはだからこそ、大まかな全体の確認には良い。こういうことは時々した方がよいと思われる。歴史に限らず、その分野の全体像が体系的にわかりやすく書かれた本が多くあれば良いと思う。

倉田タカシ著『あなたは月面に倒れている』2024年03月28日 22:59

 短編集。ほとんどはアンソロジーなどで既読の作品だが、何度読んでも面白い。全般にシュール感不条理感が漂うが、文章はユーモラスでエンターテインメントに踏み止まる。言葉が通じているのかどうかよく判らないコミュニケーション困難な相手、というのも目立つ。作者も自覚していて、あとがきで「本書の収録作品は、だいたいどれもある種のエイリアンについての作品であるといえるかもしれません」(p.375)と言っている。
 「二本の足で」は、スパムメールの延長線上にある詐欺ロボットが徘徊する近未来の日本が舞台。主人公たちは、人体をAIが乗っ取っていると思われる新種のスパムに遭遇する。スパムとの噛み合わない会話が主筋だが、日本の移民問題や、心を持つAIなど、様々な主題が展開される。最初にアンソロジーで読んだときは、詰め込みすぎじゃないの、と思ったが、今読むとそのカオスっぷりが面白い。
 「おうち」は、寿命が延びて高知能化し、言葉をしゃべるようになった猫がいる世界。確かに猫たちは言葉らしきものを話すのだが、ほとんど何を言っているのか判らない。
 「あなたは月面に倒れている」は、記憶をなくした主人公が月面で倒れた状態で目覚めるところから始まる。異性の知性体と思われる存在との会話で進む形式。その異星人のしゃべることが全くナンセンス。明らかに出鱈目な話を延々と続けていく。
 「あるクレーターの底に、強力な磁場を発生させる機械的な被造物を埋没させ、それを発見できるだけの技術をもつ知性体があらわれたらにわとりのような声を発する、という設定のフィクションが、かつてこの衛星がめぐっている惑星の文明圏に存在したことを、わたしは観察によって知っています」(p.294)。
 滅茶苦茶である。念のために言っておくと俺は褒めている。
 「生首」も滅茶苦茶。主人公の周辺で生首が落ちる。屋内でも落ちる。どこから落ちてくるのかはわからない。落ちた音のした方を探すと生首と目が合うが、目を逸らすと消えてしまう。やがて主人公は念じることによって自在に生首を落とせるようになる。という主筋もめちゃくちゃだが、主筋からそれていく主人公の妄想も常軌を逸している。
 「おばあさんしか資格を持っていない、宿業を初期化するための特殊な手続きがある。これを施してもらわなければ、春があるほうの死後の国にいけない。生首がそういうふうに考えているのはわかるけれど、まだおばあさんが生まれてすらいない、いまの時点では、どうしようもない」(p.333)。
 何が何だか判らない。念を押すまでもないだろうが俺は褒めている。
 圧倒的に大好き。

川野芽生『奇病庭園』2024年03月24日 22:55

 幻想小説。長さは中編くらいか。舞台は架空の世界。時代は古代と中世の中間くらい。人間の体に角や翼が生える奇病が流行し始める。この病のイメージが素晴らしい。
 「老人たちは角の重さに頭を上げることもままならずに寝付き、それでも角はますます重さを増して、あるところまで熟すると、嚏(くさめ)をしたが最後ポロリと頭ごと外れるに至るのだった」(p.10)。
 翼を生やすのは妊婦である。「妊婦が上空を通ったあとには、銀線細工のような羽根と、血溜まりの中に産み落とされた赤子が落ちているのでそれと分かる」(p.15)。
 そこで語られる物語も病と同様グロテスクでありながら美しく、そして残酷である。特に「翼に就いてⅡ」の章で語られる、宗教的視野狭窄に陥った少年の、善かれと思ってとった行動による悲劇は、悲惨で憐れある。
 物語は、エピソードを積み重ねる形式で語られるが、時系列順になっておらず、話が前後する。読者は頭の中でそれを時系列順に再構成する。そこに「あ、そうなっていたのか」というカタルシスがある。確認しながら読み直してみなければ判らないが、因果や前後関係が混乱している部分がありそうな気がする。混乱があった方が面白いな、と思う。