佐藤究著『幽玄F』2024年08月01日 22:05

 長編。子供のころから飛行機に取りつかれていた易永透は、航空宇宙自衛隊の戦闘機パイロットになる。しかしある時、超音速で航行中に透明で巨大な蛇の幻覚を見てから原因不明の体調不良に陥り、辞職するのだが、やがて、運命のいたずらで再び最新鋭の戦闘機に巡り合うことになる。
 著者の作品は『テスカトリポカ』しか読んだことがないが、本書との共通点として、主人公のある種の「無垢さ」があると思う。世間的な善悪や社会性とは無縁なのだが、自分の興味や問題意識に忠実で、ある意味では「筋が通っている」のである。しかしその特殊な「純粋さ」は主人公を幸福にはしない。
 もう一つの共通点として、両書とも、描かれた出来事が、合理的なものとも神秘的なものとも解釈できる、ということがある。偶然か神秘か。案外現実とはそういうものかもしれない。
 「SFが読みたい!」では、航空機のメカや飛行の描写から「戦闘妖精・雪風」を連想しているが、俺が本書を読みながら連想したのは『かもめのジョナサン』である。

古川日出男著『京都という劇場で、パンデミックというオペラを観る』2024年08月23日 22:03

 長編。パンデミックを経験した著者が、それをもとにしたオペラを書く、その着想と執筆の過程が描かれる一種のメタフィクション。後半では、オペラそのものが書かれているが、形式は戯曲ではなく小説なので、登場人物たちが突然歌いだしたりしてコミカルである。オペラの主な登場人物は、現代に甦った小野篁と紫式部、そして二島由紀夫と名乗る現代の青年である。名前から判るようにニシマ青年は三島由紀夫にかぶれていて、パンデミック後の今、再び金閣を放火しようと企んでいる。紫式部はヨガと水汲みを日課にしている。
 著者はオペラを通じて、パンデミック、日本史、世界史、人類史を重ね合わせようというアクロバティックなことを試みる。例えば、中世ヨーロッパに広がった黒死病(ペスト)はモンゴル軍がもたらしたという説をとり、元寇の際、日本はモンゴル軍とともにペストを阻止したのだ、というような説が展開される。もちろん、世界史日本史を問わず繰り返される戦争と殺戮の歴史も重ね合わされ、それはホモ・サピエンスによるネアンデルタール人の絶滅という人類史にも適用される。
 また、資本主義社会で人々の間をめぐる貨幣の流れを輪廻に譬え、つまり輪廻しながら増殖しようとする貨幣を霊魂に譬え、人に憑きながら増殖しようとする性質は感染症にもあると更に譬えを重ねる。この辺りは理論的というより直感的で、ほとんど類感呪術である。さよう、人類は呪われているのである。祟りの元はネアンデルタールまで遡る。

島崎晋著『呪術の世界史 神秘の古代から驚愕の現代』2024年08月25日 22:45

 呪術の歴史というよりは歴史の呪術。つまり、呪術そのものがどう変遷してきたか、ではなく、歴史上の事件に呪術がどうかかわってきたか、が主に解説される。体系的でも網羅的でもないが、歴史上の面白い事件が雑学的に拾われているので、話の種にちょうど良い感じ。その代わりというか、理論的な面はほとんど説明がなく、フレイザーのフの字も小松和彦のコの字も出てこない。現代の事だが、藁人形、五寸釘、金槌、軍手からなる「丑の刻参り」セットが通販で手軽に買えるという話が面白かった。