テッド・チャン著『あなたの人生の物語』2022年07月06日 21:44

2021年 7月 6日読了。
 超有名短編集だが、不勉強なことに初読。『息吹』があまりにも面白かったので、慌てて読んだ。どれも閉塞的な不条理小説なのだが、カフカのようなヒリヒリした切実さはない。達観なのか諦めなのか、どこか突き放したような感じがある。
 ところで、短編集を読むと、ほとんど無意識にこういう共通点を探し出すことをやってしまうのだが、意味があるのかどうか良く判らない。
 いくつかの作品で「還元的な方法によらずに一気に全体が判る知性」のようなものが登場する。非常に興味を惹かれる。

陳楸帆(チェン・チウファン)著『荒潮』2022年07月07日 22:40

2021年 7月 8日読了。
 長編。時代は近未来。中国南東部のシリコン島は、海外から輸入された廃棄物から資源を回収していた。島の最下層民は「ゴミ人」と呼ばれ、劣悪な環境で酷使され、搾取され、差別され、毒物に害されて死んでいった。
 始まりはノワール風で、俺にはちょっと退屈だった。『翡翠城市』もノワールだったが、中国人はノワール好きなのかな。俺はもっと単純な冒険活劇の方が好きなんだけど。頭悪いのかもしれぬ。
 米米(ミーミー)というゴミ人の少女が出てきてから面白くなってくる。廃棄物に紛れていた人工のウイルスに感染し、知性が高められるのである。彼女をめぐって、多くの勢力が相互に出し抜こうとし合う争奪戦が始まる。SFの着想としては新味はないが、環境問題を絡めたり、中国社会の特殊性が描かれていてなかなか面白い。
 ただ、ウイルスの開発が太平洋戦争中から語られていたりして、話は複雑。本の厚さに比べて詰め込みすぎの感もある。

ケン・リュウ編『月の光 現代中国SFアンソロジー』2022年07月08日 21:44

2021年 7月15日読了。
 中国SFアンソロジー。中国SFは、『三体』以後、急に注目を浴びようになったらしく、全体にみなぎる妙な活力はそれが一因らしい。閉塞性を描く作品ですら、じたばたする苦し紛れの元気がある。『時のきざはし』に収録されている作品には、未成熟な感じのものもあったが、この本の作品はみな完成度が高い。流石はケン・リュウである。以下、俺の好きな作品。
 糖匪(タンフェイ)「壊れた星」は、何か神秘的なことが起こっているようにも、一人の少女が狂気に追い込まれていく話にも読める。同じことなのかもしれない。
 韓松(ハン・ソン)「潜水艇」は、この著者らしい(と言っても数えるほどしか読んでいないが)不条理小説。潜水艇に乗って長江を下り、農村から都市へやって来た農民たちの話。彼らは一種の国内難民なのだが、都市人たちはなぜか彼らを完全に無視している。都市人の子どもの視点から、川に浮かんだ潜水艇で暮らす農民たちの奇怪な生態が描かれる。
 宝樹(バオシュー)「金色昔日」も奇怪な話で、中国の近現代史が逆向きに語られる。誰もがスマホを持ち、鳥かごと呼ばれる競技場で北京オリンピックが行われた中国から、だんだん技術も社会も退歩していって、天安門事件が起こり、文化大革命が起こる。その逆向きの時間の流れの中で、主人公は翻弄される。ファルスなのかシリアスなのか判らないところも良い。
 飛氘(フェイ・ダオ)「ほら吹きロボット」は、『時のきざはし』に収録された作品に連なる寓話風のメタフィクション。ほら吹きの王様が一体のロボットに「世界一のほら吹きになれ」と命ずる。ロボットは愚直にほら吹きになるための修業を始める。ロボットは途中でおそらく死神と思われる人物と深く関わる。何の隠喩か割らぬが、フィクションと死の関わりが連想されて面白い。タイトルは星新一風だが、もう少し難解である。
 理に落ちる作品も多いのだが、メタフィクションや不条理小説も抵抗なく受け入れられているようである。SF以前の文学的背景がある程度充実しているのであろうと想像される。

チョン・ソヨン著『となりのヨンヒさん』2022年07月09日 22:14

2021年 7月17日読了。
 短編集。全体として、純文学としては軽すぎ、エンターテインメントとしてはカタルシスが弱い感じ。こういうと貶しているようだが、香り過ぎず甘すぎない口当たりの良い菓子のような感じもあり、こういうのが好きな人も多いだろうと推測される。
 社会的な問題も扱われている。韓国の著者だから、南北問題も取り上げられているし、韓国ではまだ差別が強いらしい性的マイノリティの問題(日本だって開放には程遠いが)もある。ただ、それらも、あまりひりひりした切実さでは描写されず、痛みはソフトにぼかされている。
 社会の抑圧に対し、正面から戦う態度は見せないが、受け入れているのでもあきらめているのでもなく、辛抱強く待っているような態度が興味深い。
 しかし、いつものことながら俺が最も興味を惹かれるのは、イメージの面白さだ。
 巻頭の「デザート」は、人間がスイーツになる話。本当に変わってしまったのか、幻覚なのか、どちらも同じことなのか、曖昧なまま話は終わる。その宙ぶらりんな落ち着かなさが良い。
 「跳躍」は、ある時突然に人間の体が機械に置き換わり始めてサイボーグ化する話。理由の説明は一切ないが、機械化していく人間たちも別にパニックにはならず、それを受け入れていく。何かの比喩なのかもしれぬが、もちろん俺はそんなことは読み取らない。このままで面白い。

アレン・スティール著『キャプテン・フューチャー最初の事件』2022年07月10日 21:34

2021年 7月23日読了。
 「キャプテン・フューチャー」の新シリーズ。続編ではなく、現在に相応しい設定に作り直して新始動したもの。いわゆるリブート。カーティス・ニュートンの登場を描く。月の秘密基地で、人からの接触を断ち、生きている脳・サイモン・ライトとロボット、アンドロイドに育てられたカーティスは、二十歳になったのを機に、両親を殺した男への復讐計画を開始する。
 エンターテインメントとしてはよくできていて退屈しない。このような大きな出来事にかかわる人間としては、登場人物が人間的過ぎて、ちょっと軽率な感じもするが、アメリカ人がこんなキャラクターを好むことはよく知っているので、欠点とは言えないだろう。欠点はないが、凄みのあるアイデアやイメージも出てこない、というのはないものねだりであろう。