吉田知子著『箱の夫』2019年10月01日 21:31

15年 1月17日読了。
 面白かった。筒井康隆を連想させる悪夢的不条理小説八編収録。一編を除いて純文学雑誌に掲載された物だが、「泳ぐ箪笥」「水曜日」などはそのままエンターテインメントとして通用する。尤も俺は「箱の夫」や「天(アマ)」の方が好きである。純文学だからと言う訳ではなく、欠落感のある穴の開いた話が好きなのである。不条理文学の常で、主人公に取って理不尽な破滅的結末を迎える物が多いが、「箱の夫」と「遺言状」は最後に一矢報いていて息が吐ける。

『笙野頼子・初期作品集1極楽』2019年10月02日 21:50

15年 1月20日読了。
 初期作品三編収録。文章が面白い。癖に成るなこれは。三編とも主人公は自閉的な異常性格者。「皇帝」の主人公ははっきりと統合失調症である。「極楽」と「皇帝」の主人公がこのように感じ行動する筋道は判るが共感はできない。ところが「大祭」の幼い主人公には感情移入してしまうので怖い。
 「皇帝」の主人公は、何か思い出したくない目を逸らしたい記憶があって、それを抑圧するために狂気に逃げ込んでいるのが最初から明らかである。そして、その記憶がどういう物なのかが徐々に明らかに成っていくという「謎解き」の構成に成っている。現れるイメージや奇妙な論理とも言えない論理が奇怪なのでこのままでも充分面白いが、最後に「謎解き」の構造までも覆す上位のどんでん返しがあったらもっと面白かろうと思った。結末にカタルシスを求めるのは純文学的じゃないか。

オタク市場2019年10月03日 21:45

15年 1月21日記す。
 宮沢章夫が言っていた事だが、オタク文化が面白いのは、コミケ来場者が何十万人と言う巨大市場なのに、資本主義原理のビジネス世界に取り込まれずに、マニアックな趣味の世界に踏み止まっている処である。アマゾンやツイッター、フェイスブックなどが、本来は趣味的、或いは隙間産業的に誕生したのに忽ち覇権主義的な市場原理に飲み込まれてしまった事と対称的である。おそらく、オタク文化の参加者たちはその事に無自覚であろう事も興味深い。つまり、資本主義に対する抵抗というような意識はまるでなく趣味に没頭しているだけ。いずれは資本主義に取り込まれてしまうであろうが、どこまで踏み止まれるか見物である。

『吉田知子選集3そら』2019年10月04日 18:04

15年 2月 9日読了。
 「静かな夏」の主人公の淡々とした残酷さも強烈だが、俺には「幸福な犬」の印象が強い。題名に反して犬も主人も少しも幸福ではない。それなのに別れる事ができない。登場する犬は人語を解する事もあり、どうしても恋愛の隠喩として読んでしまうが、独自の関係として捕えた方が面白かろう。「箱の夫」と「艮」も面白いが既読。両編とも記憶にある印象よりもずっと短いので少し驚く。表題作は子供の孤独が描かれていて痛々しい。

月村了衛著『機龍警察 火宅』2019年10月05日 21:46

15年 2月11日読了。
 機龍警察シリーズの短編集。SFにする必然性はない筋立ても多い。「輪廻」と「雪娘」は両方とも抑圧された子供の狂気を描いていて残酷である。