スタニスワフ・レム著『電脳の歌』 ― 2026年09月12日 23:21
連作短編集。人類が滅び去った遠未来、ロボットたちが宇宙で暮らしている。ほとんど万能の建造師トルルルとクラパウツィウスの活躍を描く。建造師というのは、何でも創り出してしまう、SFの伝統でいえばマッドサイエンティストのごとき存在である。全体に民話的な構成になっていて、封建的な独裁王に無理難題を出されたトルルルとクラパウツィウスが知恵を絞って対処する、というものが多い。民話的なSFというと、日本では即座に星新一が連想されるが、星新一のような皮肉もあるのだが、むしろナンセンスの印象が強い。解説にあるように、執筆された時代、ソ連支配下のポーランドという状況の影響もあるのかもしれない。
解説では、科学技術的な予見性や、言語的な遊びについて称賛している。特に、ウィリアム・ギブスンに十年以上も先んじて「サイバー」という言葉を使い、仮想空間や、コンピュータの行き着く先に今日の生成AIのようなものを予見していたことは特筆に値するだろう。しかし、俺が最も面白かったのは、そのナンセンス性である。次に引用する文章などは、ナンセンスを批評するナンセンス、言ってみればメタナンセンスになっていて素晴らしい。
「トルルルとクラパウツィウスは、ネアンティーク高等専門学校で四十七年間、竜一般理論を講じた偉大なるケレブロン・エムタドラタの教え子であった。ご存じのとおり、竜なんてものは存在しない。こうした素朴な事実確認は、がさつな知性にとっては十分かもしれないが、科学にとってはそうではない、なぜならネアンティーク高等専門学校は存在するものなど一切取り扱わないからである。存在の凡庸さはとうの昔に証明されており、これ以上ひとことだってそれに捧げる価値があるだろうか。かくて天才ケレブロンは厳密な手法でこの問題に取り組み、零、虚、負という三種類の竜を発見した。上述のように、これらはいずれも存在しないが、しかし各種類がまったく異なる方法で存在しないのである」(p.108)。
解説では、科学技術的な予見性や、言語的な遊びについて称賛している。特に、ウィリアム・ギブスンに十年以上も先んじて「サイバー」という言葉を使い、仮想空間や、コンピュータの行き着く先に今日の生成AIのようなものを予見していたことは特筆に値するだろう。しかし、俺が最も面白かったのは、そのナンセンス性である。次に引用する文章などは、ナンセンスを批評するナンセンス、言ってみればメタナンセンスになっていて素晴らしい。
「トルルルとクラパウツィウスは、ネアンティーク高等専門学校で四十七年間、竜一般理論を講じた偉大なるケレブロン・エムタドラタの教え子であった。ご存じのとおり、竜なんてものは存在しない。こうした素朴な事実確認は、がさつな知性にとっては十分かもしれないが、科学にとってはそうではない、なぜならネアンティーク高等専門学校は存在するものなど一切取り扱わないからである。存在の凡庸さはとうの昔に証明されており、これ以上ひとことだってそれに捧げる価値があるだろうか。かくて天才ケレブロンは厳密な手法でこの問題に取り組み、零、虚、負という三種類の竜を発見した。上述のように、これらはいずれも存在しないが、しかし各種類がまったく異なる方法で存在しないのである」(p.108)。
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