オリヴァー・サックス著『タングステンおじさん』2020年01月01日 14:58

15年 9月 9日読了。
 化学に夢中だった著者の少年時代を描いた自伝。少年が化学の世界を旅する過程と科学史が平行して語られる。最後に語られる「何時の間にか化学への情熱が失せている自分を発見する」処は寂しく、物悲しい。「『大人になる』というのは、子供の繊細で神秘的な感覚、ワーズワースの言った『輝きと鮮やかさ』を忘れ、それらが次第に日常の中に埋もれていくことなのだろうか?」(p.373)。

高山羽根子著『うどん キツネつきの』2020年01月02日 14:40

15年 9月11日読了。
 短編集。五編収録。全て大変に面白い。「母のいる島」と「おやすみラジオ」には解決というか、結末に謎解きがあるが、他の三編は謎が謎のまま残される。勿論欠点ではなく、それが気持ち良い。物語が連続的に進むのではなく、断片を積み重ねていく手法も面白い。特に、巻末の「巨きなものの還る場所」では、無関係に進んでいると思われた幾つかの筋が一つに収斂していくカタルシスがある。最も面白い処は日常の世界に不意に割り込んで来る不思議なイメージだが、登場人物も皆活き活きとしていて魅力的。大好き。

オリヴァー・サックス著『音楽嗜好症(ミュージコフィリア)』2020年01月03日 13:58

15年 9月16日読了。
 音楽と神経症に関するエッセイ。一般的な記憶(意味記憶、エピソード記憶)と音楽に関する記憶の違いの話が興味深い。音楽の記憶は訓練に依って獲得された手続き記憶に近いらしい。認知症など様々な脳神経障害に対する音楽療法の話も面白く読んだ。

オリヴァー・サックス著『心の視力 脳神経科医と失われた知覚の世界』2020年01月04日 15:20

15年 9月18日読了。
 視覚障害と脳の話。文章が全く読めない失読症なのに、文を書く事ができる症状が面白かった。自分の書いた物も読めない。読む事と書く事は一組の物のように思えるが、脳の中では別々の機構が働いているのである。視覚の欠損部分を脳が予想して補完しようとする話も興味深かった。

『契約 鈴木いづみSF全集』2020年01月05日 14:22

15年 9月23日読了。
 発表順に収録されているが、冒頭の弟を探す主題の掌編三編が不条理感に溢れ印象に残る。全体に「現実に対して折り合いが付かない、巧く嵌まり込まない」違和感というか不全感に満ちている。後期に成ると(著者は三十六歳で自殺している)、「明るい絶望」と呼ぶべき諦念に似た境地に至るが、決して安定した状態ではない。