柴田元幸著『アメリカ文学のレッスン』2021年12月15日 21:42

20年 1月20日読了。
 アメリカ文学を紹介するエッセイ。「名前」「食べる」「幽霊の正体」といった主題毎にいくつかの作品を取り上げる。
 ハックルベリー・フィンについて「ハックはここで、観察はするが批評はしない。でも我々には、何が滑稽かがわかる。ハックは自分が自覚している以上のことをしばしば我々に伝える。それが彼の語りの魅力である」(p.10)。
 「名前を変え、身分をいつわり、なるたけ自分を消すことによって、筏という楽園に流れ込んでくる社会を何とかかわしていく、というのがハックの基本的行動パターンである。自由を求めて戦う反逆児というよりもはるかに、人の良さが身上の事なかれ主義者、それがハックルベリー・フィンなのだ」(p.12)。
 「『何もわからない』『何も聞こえないし何もみえなくて』『何もきこえない』。筏暮らしの心地よさは、おおむね否定文で語られる。(略)ハックにとって自由とは、快が在るというよりは、不快が非在であることを意味する」(p.14)。
 「俗に『幽霊の正体見たり 枯れ尾花』というが、アメリカ文学の場合『幽霊の正体見たり 自分自身』が一般的法則ではなかろうか。そういう言い方が乱暴すぎるなら、アメリカ文学に出てくる幽霊や悪魔はしばしばそれを見る人の分身である、と言ってもいい」(p.40)。
 「やがてブライドンは、自分が幽霊を恐れているどころか、幽霊こそ自分を恐れているのだと確信することになる。(略)そこでは彼の方こそ闖入者であり、恐怖の源なのだ」(p.45)。
 「幽霊が主観的妄想であるような客観的事実であるような、どっちつかずさを生み出す(スペンサー・)ジェームズの匙加減は本当に絶妙である」(p.53)。
 「『怪物と戦う者は、自分も怪物とならないよう用心するがよい』とニーチェは書いた(『善悪の彼岸』)」(p.55)。
 「そもそもホームレスに限らず、発見すべき〈他者〉が現在のアメリカ文学からは消えかかっているのではないか」(p.176)。
 「〈外部〉とは時に、空間化された未来のことだろう。そして〈他者〉とは時に、理想化された自分のことだろう。未来が、少なくとも明るい未来が見えず、理想の自分などというものも思い描きにくくなっている今日、〈外部〉や〈他者〉が見えにくくなっているのは当然かもしれない」(p.179)。
 「これまで六冊の長編を発表している(リチャード・)パワーズという作家の大きな特徴は、世界を思い描く上で、意味づける自分と意味づけられる対象、自己と他者、というふうに非対称的な関係をその根底に捉えるのではなく、自分と対象の関係がまずあって、刻々変化していくその関係から、そのつど自分と対象とが分泌されていく、というふうに捉えていることである」(p.181)。
 「だが、そこでは、人が写真を見る・意味づける、という主/従の発想ではなく、人が写真を見るのと同程度に人が写真によって見られるという考え方が推し進められている」(p.181)。
 「だがいずれにせよ、パワーズの描く世界にあっては、人間は世界を作る存在でもあり、世界によって作られる存在でもある。(略)世界を解読するたび、我々は自分というファイルを更新している。解読に『正解』はない。世界というファイル、自分というファイルの両方をどう豊かに更新するかが問題なのだ」(p.183)。
 「第三作にあたる大作『黄金虫変奏曲』(一九九一)では、対象はDNA、言語、暗号、音楽(特にバッハの『ゴルドベルク変奏曲』)と多岐にわたる。そこではもはや、人間が情報を解読するだけではない。DNAのレベルからはじまって文学テキストに至るまで、人間そのものが、解読すべき情報でできているのだ。そしてここでも、解読に正解はない。この小説の鍵言葉を使えば、すべては『翻訳』だ。いうまでもなく、あらゆる翻訳は誤訳である。だがその誤訳が、DNAについていえば世代間の変異を生じさせ進化を生み出し、バッハでいえばドシラソというわずか四つの音から、三十の変奏曲から成る豊かな宇宙を生み出すのだ」(p.184)。
 (アメリカ)文学を「消費」するのではなく「翻訳」することが豊かな読書であると結論づけられる。翻訳とは「自分と対象の関係を更新して豊かなファイルを生み出すこと」である。つまり、読むことによって自分が変わり、世界との関り方が変わる。翻訳することによって翻訳方法が変わるのである。自己言及的、あるいは自己創出的読書。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://castela.asablo.jp/blog/2021/12/15/9448266/tb