レイ・ヴクサヴィッチ著『月の部屋で会いましょう』2019年09月06日 22:12

14年11月19日読了。
 数ページのごく短い物を中心にシュールな短篇三三編を収録。全編目茶苦茶である。俺は本来こういう最初からナンセンスな物より、意味の構築と破壊を繰り返すような物の方が好きだが、このくらい徹底していると痛快である。「ジョイスふたたび(リジョイス)」など余りの出鱈目さに呆然と成る。読んで怒る人も居るかも知らぬが、それはそれで正しい反応である。「派手なズボン」が、殺伐としているのだか微笑ましいのだか判らなくて俺の好み。「ささやき」の落ちも良い。

G・B・マシューズ著『哲学と子ども 子どもとの対話から』2019年09月07日 22:42

14年11月20日読了。
 子供における哲学的思考について語りながら、子供は単なる未成熟な小さな人である、という考え方に疑問を持ち、ピアジェに代表される発達心理学の一派に於ける「思考発達段階説」を批判する。完全に否定する訳ではないが、少なくとも一面的な分析に過ぎない事を指摘する。特に、子供と死を扱った8章は読み応えがある。
 「子どもたちは、人間である。人間として、道徳的にも知的にも充分尊敬に値する。彼らは、将来の可能性をもった存在としてだけでなく、現在のあるがままの姿で、尊重されるべきである」(p.186)。
 収録されている子供達の言葉が素晴らしい。
 「でもお父さん、蚤はそんなにいつまでも跳び移れるわけがないわ。永遠にいつまでも続くものは、数字だけよ!」(サラ、四歳)。
 「お父さん、どうしてすべてのことは夢じゃないと分かるの」(ティム、六歳)。
 「わかったよお母さん。それは誰かが描いた完全な円のようなものなんだ。それが描かれたときにそこにいれば、その円がどこから始まったのか分かる。でも、円が完成した今となっては、始めがどこか分からない。それは、終わりが始まりと何の印もなくつながっている完全な円のようなものなんだ」(世界の始まりについて、著者、五歳か六歳の頃)。
 「お父さん、世界って、全部、色でできているのね」(クリスティン、四歳)。
 「発音できなかったら、言葉もないでしょ……言葉がなければ、考えることもできないし……考えることができなければ世界もなくなっちゃう」(クリスティン、五歳)。
 「ママ、あたしたちは本当にライブなの、それともビデオに撮られたものなの?」(女児、三歳半)。
 くらくらする。

映画『バベル』2019年09月08日 21:32

14年11月21日視聴。
 関連した複数の事件や出来事がオムニバス風にカットバックで展開する。タイトルが象徴するように、コミュニケーションの行き違いが主題と成っている。それぞれに僅かな油断や蟠りが取り返しの付かない事態に発展していく。そこに描かれる焦燥や絶望。日本の聾者の少女の深い孤独が印象に残る。それぞれの出来事の時系列がどう成っているのか最後近くに成るまで判らない。この監督の特徴らしい。日本では酷評する人が多いらしいが、俺は好きである。絶賛もしないけど。

岸本佐知子編『変愛小説集 日本作家編』2019年09月09日 22:38

14年11月23日読了。
 奇妙な愛を描いたアンソロジー。星野智幸「クエルボ」は、どこにあっても収まりの悪い主人公が思いも寄らない場所に自分の居場所を発見する。多和田葉子「韋駄天どこまでも」は、人と文字が混じり合う描写が素晴らしい。日常生活の中に「変」が入り込んでくる話が多い中、川上弘美「形見」と安藤桃子「カウンターイルミネーション」は我々の日常世界と隔絶した異文化を描いている。

『丹生都比売 梨木香歩作品集』2019年09月10日 21:52

14年11月24日読了。
 いずれも幻想的な短編集。シュールな趣の物もある。失った物に関する話が多い。特に凄味を感じる作品や強い印象を残す作品はない。にも拘らず収録された全ての作品が好き。ほのぼのでもないし、しみじみでもないし、切々も遠い。珠玉という言葉はこういう時使うのかも知らぬ。「カコの話」では、初老の主人公が公園の池で自分の過去を釣り上げる。過去は人魚の姿をしている。