エリザベス・ハンド著『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで』2022年10月28日 21:57

2022年 7月24日読了。
 中短編集。掌編の「エコー」以外はよく似た構成になっていて、神秘的なことは起こらない通常の世界の物語の中に、ほんのちょっと幻想的な要素が入ってくる。つまりその幻想要素が主題になっていない。主題は人間たちの関わりとか心のひだひだの描写である。
 訳者あとがきに「四篇すべての登場人物に共通するのは、はかなくていとおしいものに焦がれたり、それを悼んだりする気持ちです」(p.327)とあるが、幻想はそれを慰めない。かといって感傷を増幅することもない。ある意味では「意味なく」挟み込まれている。そういう幻想の非重要性というか薄さが、面白いと言えば面白いし、物足りないと言えば物足りない。
 登場人物は感情移入しにくい。特に思春期の男女の苛立ちが共感しにくい。俺にもそういう時期はあったはずなんだが。なかったかな。
 実は、俺が一番面白かったのは、例外的構成の「エコー」である。主人公はアメリカ東海岸に浮かぶ小島に犬とともに一人で住んでいる女性。どうやら島の外では何か「滅び」に通ずるような重大なことが起こっているらしいのだが、島ではラジオもインターネットも途絶えがちではっきりしたことは判らない。彼女はネットが通じたときにダウンロードする受信メールの中に、かつての恋人の名前を探し続ける。本土にわたるためのボートも壊れてしまい、圧倒的な孤独の中で彼女は月日を重ねていく。

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