神林長平著『オーバーロードの街』2021年04月02日 22:14

18年 4月24日読了。
 神林長平にしては消化不良の感。盛り沢山にし過ぎて焦点がぼけたか。〈地球の意志〉と名乗る正体不明の敵に情報システムを撹乱され、自動機械を乗っ取られた人類は滅亡の危機を迎える、という筋立てだが、パニック小説ではなく、描かれるのは日本のごく狭い地域だけ、主要な登場人物も数人である。
 この異常な状況の中で展開するのは、虐待された娘とした母親の関係である。相互に関係し合う二つの、或いは二つ以上の世界が在り、主人公の少女は両者にまたがって存在しているらしい。作中では「仮想世界」などとも呼ばれるが、どちらが現実なのかは明確ではないし、両方とも現実或いは両方とも仮想かも知れない。二つの世界は平行して存在しながら重なり合ったり離れたりしているようだ。
 その辺りは何も明確に成らないし、〈地球の意志〉の正体も最後まで焦点を結ばない。それは神林作品を特徴付ける独特の不条理感や酩酊感を生み出すので欠点ではない。我々の現実はそういう曖昧さの上で危ういバランスを取って浮かんでいるのであり、バランスを崩せば忽ちこの作品のような不条理に沈むという気にさせられる。我々には「世界」の極一部しか見えていないし、科学は更に視野を狭めている可能性すら在る。作品中に散りばめられている、神林らしい奇妙な歪んだ印象の議論も何時もながら面白い。
 登場人物としては、主人公の母親が抜群に面白い。利己的で傲慢なのだが、それを自分で良く自覚していて、責任逃れをしない。善か悪かと言えば悪だろうが、潔くいっそ清々しい。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://castela.asablo.jp/blog/2021/04/02/9363291/tb