オリバー・サックス著『手話の世界へ』2019年12月25日 21:21

15年 8月26日読了。
 聾者と手話の歴史と現状、手話という「言語」について。社会文化的、哲学的な考察も多いが、著者は医者なので、脳神経科学的な考察も豊富で面白い。右脳左脳などの機能局在論は一般に思われているほど固定的な物ではなく、脳の可塑性は非常に高いらしい。初めて出会った物事は右脳で処理され、経験が積み重ねられ形式化すると左脳に転移するという話など非常に面白かった。
 また、口話でも手話でも、幼児は量が少なく正確でもない(主に母親との)言語体験から、一気に経験を越えた完全な文法体系を身に着けるという話は、チョムスキーの文法元型説(チョムスキーはこんな言い方をしていないが)を裏付けているように見える。アメリカにはASLと呼ばれる、聾者が独自に創造した手話体系があるが、英語を移し変えただけの手指手話しか学んでいない聾者でも、自然に独自にASLに似た手話を開発してしまう話にも、何か「元型説」的な物を感じる。
 さらにまた、手話は口話よりも「外国語」との親和性が高いという。手話も口話同様、国ごとに異なる言語があるが、外国語同士で理解し合うのに口話よりずっと短時間で済むという。
「会議には八十ヵ国異常から五千名のろう者が集まった。最初、会議場のホテルの広いロビーに足を踏み入れたとき、十数種類の異なる手話が目に入ったが、一週間たつと、彼らのコミュニケーションは比較的スムーズになっていた。これがもし十数種類の音声言語だったら、バベルの塔さながらの言葉の混乱が生じていたことだろう」(p.277)。
 著者は、現在我々は聾者社会という国家の枠組みを越えた共同体の誕生を目の当たりにしているのかも知れないという。独自の言語と文化を持つという意味で聾者社会は一つの民族を形成するのかも知れない。新たな民族が誕生する瞬間を目撃した人は、少なくとも現在生きている人の中には居ないであろう。わくわくする。手話を学びたく成る。

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