笙野頼子著『説教師カニバットと百人の危ない美女』2019年10月06日 21:59

15年 2月14日読了。
美人信仰を批判したが故に女性作家・八百木のもとに、結婚願望が異常に強い女たちの集団「巣鴨こばと会」から毎日のようにファックスが届く。ファックスと郵便物は嵐のように殺到し、巣鴨こばと会と八百木は相互に批判(と言うか誹謗中傷)を繰り返すが、相互に根本的変化を与える事なく擦れ違っていく。そういう意味では不毛な嵐だった訳だが、言葉の(グロテスクな)豊饒さは残した。
 特に独特の「醜女の社会分析」或いは「ブス・ジェンダー論」とでも言うべき理論は面白い。独り善がりな部分も多くどこまで一般化できるか判らないが、そんな事は作者も承知で、この作品を書いているという設定の主人公八百木とは別に、笙野頼子が登場して批判的な事を言ったりする。しかし決してメタフィクション的な主題には向かわず、ひたすら不毛でグロテスクな言葉の(黒ミサ的百鬼夜行的)祝祭を繰り広げる。

笙野頼子著『片付けない作家と西の天狗』2019年10月07日 22:46

15年 2月16日読了。
 短編集。全体に猫と論争の印象が強い。「素数長歌と空」が大変に面白かった。「一、三、五、七、十一、十三、十七、十九、二十三、──素数が定型に成っているそれは長歌である、という事は素数に終わりがない以上終わりのない歌だ」目茶苦茶である。表題作は長編『金比羅』(未読)の予告編のような短編だが、独自の天狗観(?)のような物が描かれていて面白い。

笙野頼子著『愛別外猫雑記』2019年10月08日 21:21

15年 2月18日読了。
 縁あって知り合った猫達への友情と、無責任で理不尽で身勝手な人間達への怒りと憎悪(呪詛と言っても良い)に満ちた本。文章の乱れが怒りの激しさを思わせる。

映画『戦場の小さな天使たち』2019年10月09日 22:04

15年 2月18日視聴。
 当たり前の事だが戦争中でも日常生活はある。戦争していても人間は眠って起きて飯を食い排泄をする。爆撃がなくても普通の火事は起こるし、思春期の子供は親に反抗する。恋もするしセックスすれば子供ができる。内容は完全にホームドラマである。ただ状況が戦時下だというだけだ。異常な状況の中でも日常生活は進んで行くし、進めざる終えない。
 大人達はこれが異常な状況だと知っているが、過去の記憶が少ない子供達にとっては毎日が新しい経験の積み重ねでしかない。
 強い個性を持った人物が登場しないので最初はやや退屈である。人物たちの性格が判って来ると面白く成る。お爺ちゃんのキャラクターが抜群に良い。

上田早夕里著『華竜の宮』2019年10月10日 23:45

15年 2月24日読了。
 海面が上昇し多くの陸地が水没した未来。陸上民は残された土地と海上都市で高度な情報社会を維持し、海上民は魚舟と呼ばれる生物船に住み素朴な暮らしを営んでいた。陸上民と海上民との対立、陸上国家諸勢力の思惑などが絡んで、国際陰謀小説風に物語は展開するが、そんな人間たちの動向とは全く独立に、地球内部で全生物を脅かす活動が始まっている。政治サスペンスであり、災害対策プロジェクトテーマでもある。二〇一〇年十月という、震災との関係でみると微妙な時期に発行されている。政治的な駆け引きが一番の読み処だが、人間の遺伝子改変に依って極限環境に適応しようとするなど、SF的な面白さも満載。
 基本的には大変に面白かった事を強調した上で、疑問点を少々。魚舟、獣舟という「人間を元にした遺伝子改変生物」が物語の重要な役割を果たすのだが、地球惑星科学的な地球内部活動の設定の緻密さに比べて、遺伝子工学的な設定がざっくりしていて、アンバランスな感じがする。俺が生命科学好きなせいか読んでいて少し気に成った。
 主人公は外交官で基本的に交渉に依ってあらゆる問題を解決していくのだが、クライマックスが直接力でぶつかり合う活劇に成ってしまうのはどうなのかな。エンターテインメント的にはこれで良いような気もするが、主人公の能力すなわち交渉能力を最大に発揮する形の方が良かったような気もする。
 政治家にせよその他の立場にせよ能力が高くて魅力的な人物は皆主人公の支持者に成って行くが、敵役にも能力が高くて魅力的な人物が欲しい処である。ミラー副統括官という有能な敵役が登場するが、所属組織に忠実な人物でそれほど魅力は感じられない。