加藤幸子著『わたしの動物家族』2019年09月01日 21:53

14年11月 6日読了。
 作者の接して来た動物たちに関するエッセイ。作者の動物に対する視線は、冷静な観察者と言うよりは、触れたり抱いたりしたがるようなべたついた物だが、愛情はしばしば動物たちには伝わらない。心を通わせようとすればするほど離れていったりするし、相互に愛情を感じていても動物の側と人間の側では随分質が違っていたりする。その事を寂しく思いながらも面白がってもいる。そして、自然に対する畏怖。

別役実著『ベケットと「いじめ」』2019年09月02日 22:18

14年11月 7日読了。
 1986年に起こった中野富士見中学いじめ自殺事件と、ベケットの戯曲を題材に日本の社会構造を分析、そこにおける現代演劇のドラマツルギーの可能性を考える。著者に依れば、現代の日本社会、特に学校の様な閉鎖的な社会では、個人から主体性が失われ、「関係」が行為を駆動していく。それは権力などに依る抑圧として働くのではなく、個性は関係性の中に吸収解消されてしまう。
 例えば個人が主体性を発揮して「誰がこんな事をしたのか」「何故したのか」という質問を発しても、「野暮である」「冗談が判らない」「空気読めない」といった言い方の中に拡散して行って答は得られない。得られないのは当然である。行為を動かしているのは個人ではなく関係だからである。この構造を著者は「無記名性」と呼ぶ。その時、関係性への個性の攻撃として自殺という方法が現れる。
 この状況は内容を無視して構造だけを表現しようとしたベケットの方法に似た処が在る。内容を消し去って関係性だけを取り出すことに依る個性の消失、著者の言葉で言えば主体の溶解を突き付ける。しかし、この方法は突き詰めていくと演劇の否定に行き着く。それでは、ベケットを越えて現代に演劇はどのように可能か。これに対して著者は「局部的リアリズム」を提唱している。さて、現代の演劇はどのような答を見出そうとしているのか。

大森望編『NOVA+バベル』2019年09月03日 22:39

14年11月11日読了。
 野崎まど「第五の地平」が目茶苦茶で面白かった。酉島伝法「奏で手のヌフレツン」のイメージは相変わらずの迫力であったが、もうあんまりびっくりはしない。何と言うか、世界が胎内的。

テリー・ビッスン著『平ら山を越えて』2019年09月04日 22:10

14年11月15日読了。
 「ジョージ」が割と面白かった。寓話的な物が好きなのであろう。社会批判的な作品が多い中で「ザ・ジョー・ショー」はナンセンスで良かった。落ちも良い。

アヴラム・デイヴィッドスン著『どんがらがん』2019年09月05日 21:59

14年11月17日読了。
 不条理まで行かない、判らない話が多い。ちょっと円城塔を連想する作品もある。判らなさの加減が難しいだろうな。全部判ってもつまらないし、完全にナンセンスでもつまらない。