奥泉光著『鳥類学者のファンタジア』2019年07月07日 21:29

14年 7月30日読了。
 ジャズピアニスト霧子ことフォギーは一九四四年のベルリンへタイムスリップし、同名の祖母・曾根崎霧子と出会う。そこでは、神秘の物質ロンギヌスの石に秘められた力を音楽に依って解放しようという、ナチスの神秘主義者の計画が進行しており、フォギーもそれに巻き込まれていく。
 フィボナッチ数列を駆使した、音楽と宇宙の神秘を結び付ける奇妙な理屈(嘘科学)が大変に面白い。語り手であるフォギーの記憶に欠落や混乱が多く、夢や幻想が入り交じってどこまでが現実なのか良く判らない構成も楽しい。登場人物が皆個性的に描き分けられていて素晴らしい。読者に依って好き嫌いが分かれるであろう軽薄な(しかし計算された)文体は、読み始めはちょっと気に成るが、すぐに物語りに引き込まれる。
 文体としては、視点の二重性の方が重要な問題かも知らぬ。語り手が自分の事を「わたし」と記す時と「フォギー」と記す時は明らかに視点がずれていて、「わたし」は「フォギー」を常に少し離れた処から、つまり客観的或いは批判的な態度を含む視点で描いている。描かれているのは過去の自分だが、今正に描きつつある自分は現在である、という事か。どちらも自分なので、しばしば重なり合ったり、現在の自分を批判する第三の自分が出て来たりする。
 結局、加藤さんは何者だったのかなど、はっきりと判らない事も多いが、この作品に関しては全部閉じずに穴を開けておく事が正解なのであろう。

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