奥泉光著『地の鳥 天の魚群』2019年07月01日 23:31

14年 7月21日読了。
家族がばらばらに成っていく話。ばらばらに成ったのではなく元々ばらばらだった事に突然気付かされたのかも知れない。冒頭からカフカを意識していることは明らかだが、カフカのような閉塞的な結末は迎えない。かといって希望がある訳でも開放される訳でもない。「絶望をそのまま活力に転化する」ような感じ。地面から鳥の足が群がり生えるイメージは強烈だが、俺には、日本語が日本語に聞こえず、人の顔が人の顔に見えない感覚異常の描写が面白かった。

いとうせいこう・奥泉光・渡部直己著『文芸漫談 笑う文学入門』2019年07月02日 21:43

14年 7月21日読了。
 口承文芸的物語は循環するが、小説は一階限りの歴史的な物である、というのが奥泉の主張。語られる言葉はどんどん消えていく、常に今だが、小説は紙に書き付けられた瞬間から過去と成り作者からどんどん離れていく。つまり他者と成っていく。語りは常に自分(或いは殆ど自分)だが、小説は他者性を持つ。奥泉はイロニーという言葉を使っているが、そこに小説の二重性があり口承文芸的物語からのずれを必然的に孕んでいる。
 そういう視点の二重性に、物語外部の組織化されていないもの(ノイズ)を取り込み、既存の規範(コード)を揺らがせる可能性がある。言語というのは一面でコードその物だから、コードの内側からのコードへの抵抗、或いは反逆、或いは転覆を小説は目指すべきである。そのためには視点の二重性の意識化が不可欠である。というのがだいたい奥泉の主張のようだ。
 いとうの「世界を組織化する事への抵抗感、不快感」も興味深い。いとうは「ので」が嫌だと言っているが、名付け意味付ける事で混沌とした世界を組織化し自分に引き寄せてしまう事への嫌悪、のような物。何もかも遠ざけておきたいという引き篭りの心理。

奥泉光著『石の来歴』2019年07月03日 21:30

14年 7月23日読了。
表題作と「三つ目の鯰」を収録。表題作の主人公はレイテ島の悲惨な戦闘を生き延びた後、趣味と成った鉱物採集に没頭しながら平穏な暮らしに埋没するかと思いきや、二人の息子はそれぞれ無残な死に方をし妻は狂気に捕われる。レイテの戦場と現代が、欠落した記憶を補うようにして時を越えて重なり合う場面が素晴らしい。
「三つ目の鯰」は、主人公の父の死をきっかけにして明確に成る「家」を巡る様々な問題を描く。特に、地方の習俗、例えば家を継ぐ事、言い替えれば家系を絶やさぬ事と、それと表裏の関係にある祖先の眠る墓に自分もいずれは入るという事などと、キリスト教信仰の問題が大きな主題と成る。キリスト教はユダヤ教が引き継いで来た「血筋に基づく習俗」を断ち切る物として誕生したから、地方の習俗とは対立したり矛盾したりする。

奥泉光著『虚構まみれ』2019年07月04日 21:54

14年 7月25日読了。
 エッセイ集。一九九八年出版の本だが、基本的な主張は『文芸漫談』と同じである。すなわち、批評的視点を持つ事、その視点の二重化に依って物語に「外部」を呼び込む事。口承文芸的物語-共同体的な循環-繰り返す事-更新・安定のシステム、に対して、文字として書かれた小説-歴史性-一階限りの出来事-変更を加えながら反復するシステムの重要性である。伝統、様式に対して内部から揺さぶりをかける事。
 何故そのように変化していかなければならないのかという問いに対して奥泉は「自由のため」と応える。それでは何故それほど自由が重要なのか、と根拠を問い続けていけばどこまでも無限に後退していく事に成り、どこかで意を決して「無根拠の選択」をしなければならない訳だが、俺には「進化」が根拠ではないかと思われる。
 話は単に「文学の進化」というような事ではない。現在の進化論の主流はネオダーウィニズム、すなわち多様化と自然選択が進化を駆動するという説だが、長い間生物はこの「多様化」を突然変異、すなわち遺伝子の変化に依って実現して来た。それが、やがて鳥類の刷り込み現象のように、多様化の一部を神経系が担うように成り、高等哺乳類では文化と呼べるような物も現れて来る。つまり、文化とは進化における多様化の新しいシステムではないか。
 そこに、文学のみならずあらゆる文化が変化を続け多様化しなければならない理由がある。人間の身体性や「人間である事」まで様式・制約と捉えそれを乗り越えていこうとすれば、そのまま人類進化テーマのSFに成るが、俺は半ば本気で、文化の多様化は四十億年に及ぶ生物進化の慣性、言わば進化圧に依る物ではないか、と考えている。
 進化というと、弱肉強食で勝者のみが生き延びる、という印象もあるが、現実には原初的な細菌も現在まで生き延びているし、オケラだってミミズだってアメンボだってみんなみんな生きている。種という単位で見れば、数限りない種が滅んで来たが、古い生態系システムが全否定される事はなく、進化は何かが付け加わる形で進んで来たし、そうでなければ多様化は進まない。文化もそのようにあるべきであろう。

ラジスラス・フクス著『火葬人』2019年07月05日 15:18

14年 7月26日読了。
ごく凡庸な(しかし空虚な)小市民的な男が、ナチスの殺人者と成りユダヤ人である妻と子供を手にかける。反復というのがおそらくもう一つの主題で、物語とは無関係に繰り返し現れる「黒いドレスを着た頬の紅い娘」「パリッとした白襟に赤い蝶ネクタイをした年配の太った小男」「長い羽の付いた帽子をかぶり、ビーズのネックレスをした女」などが幻想を誘う。他にも、主人公が繰り返し同じ話をしたり、同じ広告の文章が繰り返されたり、指示代名詞を使わずに同じ描写が諄く反復されたりする。